飃の啼く…最終章(中篇)-26
「僕が…どう、したいか?」
そういう選択肢は彼の人生に無かったのだ。たとえ無意識の内に自分の求めるものを求めていたとしても、それは彼の父が彼に望んだことに含まれる。父の望む世界にするために彼らがしたいことをする。それは殺戮であり、破壊であり、蹂躙だった。
「もし君も、黷と同じようにそういう世界を望むなら…今すぐここで私を殺して、飃を殺さなくちゃ。そして、全ての戦士たちを倒さなきゃ。その後だって、滅ぼしても、滅ぼしても、戦士たちは何度でも蘇ってあなたたちに戦いを挑んでくるよ。どんなに仲間を失っても、どんなに傷ついてもね」
穏やかな表情ではあったが彼女の目は真っ直ぐに害を見たまま、眩しいほどに輝いていた。
「僕は…」
害はさくらから目をそらした。素直に、これ以上彼女の瞳を見返すことは出来ないと感じたのだ。
彼は、不思議な感情が、黄昏の空にいつの間にか輝いていた星を見つけたときのように、自分の中にあるのを感じた。名前は分からない。どんな星なのかも分からないけれど、そこには確かに、輝く星がある。
「分からない…でも…何故だろう。何故だかは分からないが…」
害は頭を抱えた。
「お前達を…殺したくない」
さくらは、害の頭に優しく手を置いた。
「ありがとう」
彼女はそういった。時計の針が18時を指し、カチリという音が静かな部屋に響く。それが目覚ましになったのか、飃がおもむろに起き上がった。今までの会話を聞かれていたかと、害は思って彼の顔を覗き込んだが、それでどうなるものでも無いかと思い直した。
「時間だな」
「うん」
視線を交わす二人の間には、ゆるぎない何かがあることに、害は気づいていた。それを、おそらく彼らは信頼とか、絆とか呼ぶのだろうか。
「本当にあの道を通っていくつもりか?」
害は、すぐ下を走る道路を見下ろした。彼らを導くように、その道路は薄暗い風景の中で白く浮かび上がっている。
「ああ」
飃は一度武装を解いてから、再び鎧を纏った。さくらもそれに習って、一番下の肌着から帯を締めなおしている。
「このままでは、たどり着いたところであの結界に阻まれるだけだぞ。何も算段は無いのか?」
害は、自分が後にしたときと同じように、堅固な守りの本陣を見た。
「ほう?随分親切だな。敬愛する父上と仲違いでもしたのか…それとも、そうやって己達に取り入って、父上の御前に俺たちの首級(くび)を差し出すか?」
「飃!」
さくらの声には耳を貸さず、飃は害に詰め寄った。負けじと害が振り返る。