飃の啼く…最終章(中篇)-23
「風炎、お願い…」
「駄目だ!」
珍しく語気を荒げた風炎に、茜は思わずびくっと震えた。そういえば、こんな声を出したのは初めてかもしれない。しかし、彼はすぐに声を落として、茜を抱きしめた。
「君の命は…そんなにかんたんに諦めていいものじゃない…!」
「誰も諦めるなんて…私は闘いに行くといったのよ」
腕の中で、彼女は抵抗しようとしなかった。
「死にに良くも同然じゃないか…とてもじゃないが行かせられない。戦いに参加するのだって、本当はやめてほしいのに。君は…君の体は…」
風炎は言葉を続けることが出来なかった。茜は、小さな声で言った。
「…知ってたの?」
「当たり前だろう…君のことはなんだって知ってる。仕草のひとつから、香りから、言葉から…君が思う以上のことを知ってるんだ、僕は」
茜の腕が、風炎の背中に回った。
「じゃあ、覚悟をしていたのも知ってるでしょ、風炎」
風炎は、そうではない振りをすることは出来なかった。
「それに、あたしがやるといったら絶対に諦めないことも」
頷くことも、声に出して肯定することも出来ず、悔しげな沈黙だけが彼の心の内を語っていた。
「だからね、ちゃんと帰ってくるわ。風炎のためにも、あたしのためにも…幸せな生活を送りたいんだもん。そのためには、これは絶対、避けて通れない道なの」
風炎はため息をついた。茜から彼の顔を見ることは出来なかったけれど、触れる体は心なしか震えているように思えた。
「全く…しょうがないな、君は」
「あんたがそう言うの、なんか好きだな」
茜は小さく笑った。しかし、茜の顔を覗きこんだ風炎の表情は痛いほど真剣だった。
「絶対に助けに行くからな。そうしたら、絶対に…僕の傍から離れないと約束してくれ。もう二度と」
「わかった。約束する」
「それと…」
風炎が言って、身体を離した。
「一つ、僕の言うことを聞いてくれ。いいか?」
「それ、何?」
風炎は見上げる茜の頭を撫でた。それを、喜ぶことを彼は知っていた。
「次にあったときに、分かる」
「分かったわ」
茜は笑い、二人は長い、やさしいキスをした。欲望に囚われない、愛情の篭った口付けだった。
そして茜は去り、風炎は今こうして、彼女の囚われているビルを見つめている。光も、騒音も、混乱も、喊声も、燃え上がるような戦意の渦も、全てが沈殿したかのようなこの沈黙の中で。