飃の啼く…最終章(中篇)-2
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澱みにも感情はある。
そのほとんどが人間のそれの模倣に過ぎないとしても、嬉しいと感じるべきときに嬉しいという態度をとるのは、習慣になりつつあった。今や誰も、本当に澱みには感情がないとは言い切れない。当の澱みたちにすら、感情と模倣の境界線はあいまいだった。
特に、新しく黷に作られた、顱、厭、冥、害の4体は、彼ら澱みの憧れの象徴を、それぞれが表しているといってよかった。
一番目に創られた顱は“情緒”そのものを求める。二番目の厭は“知性”。三番目の冥は“美”を。四番目の害は、その三体とはまったく別の目的のために造られた澱みだった。
時に、害は考える。
―父上は何のために自分を造ったのだろう、と。
しかし、今彼の頭の中にあるのは“八条さくら”という人間に対する純粋な興味だけだった。
向かいのビルに感じた何者かの気配―黷からの許しを得ないまま、塔を抜け出すことに成功した彼は、“喜び”という感情を自分の中に感じていた。
5体の澱みと共に、本陣からのびる道路を辿った先のビルを目指す。彼が感じたのは、狗族、そして人間が一人ずつ。あの髪の長い女は、八条さくらが死んだとは考えていなかった。何故か害にもそんな気がしたのだ。
一度会っただけなのに、あの女のことは妙に記憶に残る。
―まるで、随分前から知っていたような。
この感情をなんと呼びあらわせば良いのか害は知らなかった。
会ってみればわかる、とあの女は言った。害は、自分を運ぶ澱みを急かした。
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「おい、起きろ」
「んあ」
間の抜けた声出しやがって!と、野分が真田の腹に蹴りをお見舞いした。真田はまだ重い瞼を擦りながら、野分と一緒に見張りの当番についた。彼らは高層ビルの一角に身を隠しながら、兵士を見かければ話を聞きに下りていく。この数時間は、八条さくらと飃が通ったと思しき進路を辿っていた。あのメモのことは、油良に話したところしばらく秘密にしておいたほうがいいとのことだった。だから、彼らは二人の痕跡を辿り、またその痕跡を消したり上書きしたりしながら進んでいた。そして夜はこうして、二人ずつ交代で寝ずの番をする。誰が決めたわけでもないが、野分と真田、小夜と河野という組み合わせになっていた。
「はぁー、すっげーいい夢見てた」
「はぁ?何だよ」
がさつな野分の相槌は変に女を意識しなくていいから気が楽だ。その点小夜が相手だと、女の子らしい分気を遣ってしまう。
「好きなだけラーメン食ってる夢だった…あと餃子も」
「安い夢だなぁおい」
ほっとけよ!と真田が言う。暗い街、暗い空。何が潜んでいるか分からない闇と、何が立てたのか分からない物音。確実に言えるのは、昨日より、雷鳴が近づいているということだけ。それが何を意味するのかは、真田にはわからなかった。
別に沈黙は苦にならないので、二人はじっと座って窓の外を見る。不意に、真田が口を開いた。