飃の啼く…最終章(中篇)-11
「私が…」
「なんなら俺が生ませてやろうか!!」
少し自棄になってそんな事を言ったことを後悔した。大和はアクセルを全開にして、スピードを上げて誰も居ない町を疾走した。嫌われたような気がした。でも、いつものように背中で笑ってくれたような気もした。
彼女の声は、小さく笑っていた。
「ああ…そうだな」
腰に回る手に、力が篭った。
「それじゃあ、生き延びなくてはならないな」
8月20日、午前6時。
曙光の無い夜明けが、戦士たちに訪れた。
+++++++++++++++
体が重い。
身体中に水が溜まったみたいに、ひどい倦怠感と無力感があった。コンクリートをも砕けるはずの手は虚しく地面を引掻き、耳は真綿を詰められたみたいに音を拾わず、妙な耳鳴りが代わりに聞こえていた。恐る恐る彼が目をあけて見たのは、彼が暗い内に降り立ったビルの屋上だった。しかし、まだここに居るということは、ほかの澱みにも、敵にも見つかっていないということだ。害はほっとため息を――
「あ!誰かいる!」
そして、凍りついた。
耳鳴りのせいで足音が聞こえなかったらしい。身動き取れない彼の後ろから、駆け寄るものがあった。運の悪いことに、澱みではない。
「ちょっと、大丈夫?」
大丈夫かと聞くということは、敵ではないのか?敵ならば、よほど鈍くない限り澱みの気配は感知できる。しかも、彼は並みの澱みとは違うのだから。うつ伏せで横たわる彼を、その手は仰向けにしながら言った。
「飃!ちょっときて!」
その声は低い、抑えられた声だったけれど確かにそういった。ということは、この女は八条さくら。やはり死んだというのは嘘だったのだ。体調が万全なら喜んで戦い、喜んでその―なんであれこいつらが企んでいる―作戦をぶちこわしてやるものを。
―万事休す。
彼を見下ろすのは、紛れも泣く人間の顔。テレビの取材班の前で会った、あの八条さくらに間違いはなかった。
―ああ、こんなところでなす術も無く死ぬとは…やはり自分は出来損ないか。
諦めて、目を閉じた。
「あ、ちょっと!」
額に手が添えられる。その冷たさに驚き、自分の体が酷く熱を持っていることに気付いた。
「酷い熱…ねぇ、きみ、聞こえる?名前は?」
「……は?」
害は驚いて、思わず声を出した。
――え?
別人のような声を。