『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』-5
まだ、だ。
時計を見ると、まだ時間はそんなに経っていなかった。
もう随分歩いた気がするのに。
失敗した。
こんな山道、この靴じゃ絶対に無理だ。
一歩一歩が、滑りそうで怖い。
日向が前を歩いて、自分の歩いた跡を、歩くよう指示する。
そうはしているけど、やっぱり怖い。
足がすべるようで、震えだしてしまう。
高校の時の遠足以来だ。あの時は、まだ義務で登らされていた。でも今は義務じゃない。
自己責任なのだ。
向こう側から人が時々、連れ立って歩いてくるが、その人たちの出で立ちは皆、きちんとしたハイキング用のもので、私だけが、薄手の袖なしセーターと革靴なんていう場違いな格好をしていて恥ずかしい。
山でのセオリーなのか、すれ違うたびに
「こんにちは。」
と声を掛けてくるのも、慣れなくてなんだか気恥ずかしい。
「こんにちは。」
と、てらいなく答えている日向が眩しく見える。
「ここらへんがヤマですよ。これからはもう楽ですから。」
そんなことを言っているのは、この道を日向が来た事があることを告白しているようなものだ。
暗にずっと彼女は自分が計画的であることを、小出しにしている気がする。
しばらくすると、突然山道の木々の間から、遠くの景色が見えた。
「晴れているので見えますね。あれがランドマークタワーですよ。」
日向の説明で、横浜が見えていることが分かる。
悠人が住んでいる横浜。
そう言えば、日向も横浜に住んでいると言っていた。
なんとなく愛しい気分になってその景色を眺めていた。
「私と、悠人さんの初デートは横浜でした。」
そう隣で、日向が言い出すまでは。
それは、突然の告白だった。