『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』-10
足が、動かすだけで痛かった。
それは、心の痛みと連動していたのかもしれない。
七瀬さんは、悠人さんと別れないという。
でも、別れる別れないというのは一方の気持ちでどうにかなるものではない。
全てを曝された悠人さんは、どうするんだろうか。
私を捨てるのだろうか。それとも七瀬さんと別れるのだろうか。
分が、悪い気がした。
大体にして、悠人さんはズルイ人なのだ。
本当に七瀬さんを愛しているのならば、私に手を出すべきではなかった。
本当に私を愛しているのならば、七瀬さんとさっさと別れるべきだった。
両方欲しい、そうやって私の気持ちを弄んだのは、自分が気持ち良いからだ。
悠人さんは、私も七瀬さんも愛してなんかいない。
彼が愛しているのは、自分だけなのだ。
自分をこよなく愛する人間が岐路に立たされた時、選ぶのはたいてい現状維持、だ。
その方が楽だから、その方が傷つかないから。
でも、私との関係を知られた上で、二人は果たして本当にこれから結婚なんかをできるというのだろうか。
七瀬さんのは痩せ我慢じゃないだろうか。
私の方が七瀬さんよりも、悠人さんを愛している。全てを捧げることができる。趣味だって合う、話だって合うし、体の相性だっていい。
悠人さんもそれを、本当は分っているんじゃないだろうか。
二人並べてみた時に、私を選んでくれることもあるんじゃないだろうか。
このまま七瀬さんの言うように、今日のことをなかったことにしてしまったら、今日の計画を何日も前から立て、眠れない夜を過ごし、実現させた自分が全て無駄になってしまう。
私は、コンビニで七瀬さんがトイレに行くと言った隙に、メールを打った。
もちろん相手は悠人さんだ。
【今、七瀬さんと鎌倉に来ています。駅まで来てください。】
すぐに悠人さんから電話が入る。今日は仕事は珍しく定時に終ると言っていたから、ちょうど終ったところなのだろう。
しかし、私はその悠人さんからの電話には出ない。
何度も何度もそれは鳴る。私は、携帯の電源をゆっくりと消した。
本当は迷っている。
今、きっぱりと振られた方がいい気もしている。
もし、悠人さんが私を選んでくれることがあっても、私は悠人さんと付き合っていて結婚できるのだろうか。結婚できたとして、幸せになれるだろうか。
奪った者は、奪われる。
それでも、今、私は彼が欲しい。
トイレから七瀬さんが戻ってきた。
「さあ八幡宮に行きましょう。」
ゴールはもう目の前だった。