太陽と風と鈴の音(あの夏3)-1
木々が作り出す影の中で、彼女はふっとため息をつく
うっすらと汗をかいた体をすべり抜けていく風。
照らす木漏れ日。
玄関にはまわらず、直接庭に続く道をいく。
相変わらずの広い庭。
風鈴の音色、蝉の声。
照りつける太陽、短い影。
縁側にいる、彼の姿。
あの長い坂を、辛抱強く登ってきたかいがあったと、彼女は思う。
夏が、ここにある。
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先刻から振り回していた虫とり網を、ため息と一緒に彼は放り出す。
「スズネ、もう無理。蝉なんて、どこにいるのか見つからないって」
縁側に座る彼女の横に勢いよく腰掛け、彼は訴える。
彼女はといえば、涼しい顔で麦茶を飲み、うちわを使い、からの虫かごを抱えていた。
「そんなわけないでしょう?こんなにたくさん鳴いてるんだから」
事もなげにそう言い放つ彼女を、信じられないというような顔で、彼は見つめる
さっき、彼女がこの家に着いてからというもの、彼は、文字通り、振り回されっぱなしだった。
ビニール袋片手にやってきたスズネが、庭に顔を出した、あの瞬間から負けは決まっていたようなものだと、彼は思う。
持っていた袋を彼の方に差出し、
「アイス、冷やしといて」
と言ったときの、首を少し傾げるあの仕草。
もう、彼は、言いたかったことのひとつも言えないだろう自分を悟っていた。
特に童顔でもなく、むしろ大人びた顔立ちをしているのに、彼女はその雰囲気に、うまく幼さを共存させている。
仕方なく、彼は跳ねるように縁側から降り、また木々の間を走り回る。
傾くことを忘れたかのような太陽は、容赦なく午後の光を放ち続ける。
背中を飾って揺れる、光と影。
その背中を見て、彼女がどんなに楽しげに微笑んだか、彼は知らない。
それから、彼女も縁側から滑るように降り、赤いサンダルをひっかけ、庭の水道の蛇口をひねった。
ホースの先についたシャワーが、水を散り散りに飛ばしていく。
その飛沫の美しさが気に入って、彼女は大きな声で彼を呼ぶ。
その声は、彼女の名前のそのままに、鈴の音のように澄んでいて、呼ばれて駆け寄る彼の姿もまた、彼の名前のそのままに、風のように速かった。
自分のもとまでやってきた彼に、彼女は水の輝きを見せる。
その横顔を見て、彼がどんなに優しく微笑んだか、彼女は知らない。
やがて、水遊びにも飽き、二人は縁側でアイスを食べはじめた。