飃の啼く…最終章(前編)-5
これは彼女の戦いだった。だからこうして、獄に少しでも近づくために黷の元へやってきたのだ。
他の澱みは彼女が策を弄していることを疑い、簡単に“城”の中に入れることを拒んだけれど、黷はむしろそれを楽しんだ。英澤茜が、言い意味でも悪い意味でも切り札になることは間違いない、と。
すぐさま獄に引き渡されるだろうと思ったのだが、何故か黷は茜を自分の傍に置いた。まるで獄を、茜の傍に近づけまいとするように。茜は内心で舌打ちした。まさか敵の総大将の見世物になるとは思いもしなかったのだ。獄は不服そうな顔をしていた。きっと、自分の身体の秘密を知っているかもしれない茜にさっさと止めを刺したかったのだろう。それはこっちも同じだ、と茜は思った。
さくらが死んだかもしれないというニュースには、ほとんど動揺は無かった。彼女は心のそこから、さくらが死ぬなんてことは信じていなかったから。だからその通りを語ったまでだ。その言葉に黷が言った。
「吾もそう思う 英澤茜よ」
そう思うのはわかったから、そのぞっとする声でいちいち話しかけるのをやめて。茜は思った。
「そう簡単に あの小娘が 死ぬるものか」
ふと、その声に振り向きたくなる衝動を抑える。今の声はなんだったの?まるで、本当にさくらが死んでいないと良いと思っているような口ぶりだった。いや、こいつのことだ。きっとその方が面白くなるからというだけの理由だろう。そう思うとまた、前を見続ける気力が出てきた。根っこのような黒い網目越しの灰色の風景を見るほうが、こいつと目をあわせるより良い。茜はまた、お腹に手をやった。
―早く来い、獄。早くあたしの前に顔を見せろ。
そして、目を閉じて大切なものたちの無事を祈った。
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カジマヤは、自分で自分にあきれていた。
何しろ戦いが始まったその日の夕方に、仲間と全くはぐれてしまったのだから。そして、同じく自分に腹を立てても居た。あの時はぐれなければ、こんな窮地に陥ることも無かったのだから。
「めずらしいな、こんなところに子供がいるぞ、なあ擾?」
目の前に立っている澱みは、獲物を見つけた獣のように舌なめずりをしている。傍らで仏頂面を決め込む擾とは、会ったことがあるし、なにより神立を酷い目にあわせた張本人だ。しかし、もう一体の方と会ったのは初めてだった。
「子供呼ばわりすんな!澱み!」
カジマヤが吼えると、それは楽しそうに笑い声を上げた。
「血気盛んな子供だ。そういうやんちゃは嫌いじゃあない…」
芝居がかった動作で澱みは手を広げた。カジマヤは悪寒に耐えた。ただでさえ絶望的な状況で、つかまった相手がこれかよ?どこまで自分はおいしいキャラだというのか。