飃の啼く…最終章(前編)-28
「見られたな」
低く切迫した声で、飃が言う。
「うん。私も感じた」
それは、真っ直ぐ目の前の黒い塔から、射抜かれるような錯覚を伴って彼らを襲った。
「黷、かな?」
「いや、もっと弱い」
「私達だって事に、気付いた…?」
飃は深く考え込んでから言った。
「おそらくそれは無い。あの一瞬では己たちが誰かまではわかるまい…偶然何かの気配を感じたという程度だろう」
不安げに窓から視線をそらすさくらを安心させるように、飃が彼女の肩を抱いた。
「しかし何匹かは送り込んでくるだろうな…場所を移ろう。ことを荒げても面倒だ」
二人は、夜の闇にまぎれられるように黒い外套をかぶると、屋上に出て、また別のビル目指して跳んだ。その夜はもう、何かに触られるような感覚は無かった。
戦雲が、軍庭の上空に重く垂れ込め、冷えて固まった溶岩のように、いつまでもそこに居座っている。
呼びかけるような遠雷が、海のずっと向こうで光っていた。