飃の啼く…最終章(前編)-20
「夕雷っ!!」
「よーやく気付いたかよ…ホントに、阿呆だなぁ、おまえ…」
神立ははっとして自分の格好を見た。首の後ろに、両手で持った鎌を当て、今にも首を切り落とそうとしていたのだ。
「ハハハ!毒も盛ってねえのに自分で手足引きちぎりやがった!ハハハハハ!」
さもおかしそうな擾の、悲鳴に似た笑い声も、何もかも神立の耳には入らなかった。
「夕…雷…!」
「毒なんかにやられちまうんじゃねえ!お前は神立だ…俺の一番弟子だろ!」
「夕雷…なんで…」
夕雷のことを、じっと見ていたいのに、涙がこぼれて視界が塞がった。ぼたぼたと、涙はとめどなく、静かに溢れてくる。
「行け!行って蹴りを付けて来い!」
神立はふるふると首を振った。
「いやだ!夕雷の傍にいる!」
「なぁにいきなり甘えてきやがって…」
そして、照れくさそうに、にかっと笑った。
「でも…悪い気分じゃね…や…」
―おれに弟が居たら、こういう気分になれたんだろうなあ。
「え?何、なんて…」
―そんな風に涙流しやがって、お前…別れるのが寂しくなっちまうじゃねえかよ…
風が吹いた。戦いに倦んだ魂を誘うような、優しく、穏やかな風だった。
「な…おまえ、生まれ変わったら…俺の…弟に………」
8月19日、午後22時。鎌鼬、夕雷の魂は夜を渡る風に乗って戦場を去った。
「死んだか?」
神立は、自分のすぐ後ろに擾が立っているのを知っていた。そして、塵でも見るように神立の腕の中の夕雷の身体を見下ろしているのを。
「七番」
擾が言った。
「俺たちと来い。わかるだろ…お前らに勝ち目は無いぜ…おまえの師匠とやらも死んだ、八条さくらも、飃の野郎もあっけなく死んだ。行く当ても無いんだろう、え?一緒に来れば、また前みたいにかわいがってやるぜェ」
「黙れ」
神立は冷たくなった夕雷の身体を横たえて、立ち上がった。