飃の啼く…最終章(前編)-18
「おまえ…神立…」
「簡単に諦めるなんて、夕雷らしくないじゃないか!」
神立が、夕雷が目を閉じたあの一瞬に、飛び掛る鎌をすり抜けて飛翔していたのだ。
「おまえ…」
夕雷は、傷だらけの体を抱く神立の腕の中から、その表情を見た。かつては暗い影がヴェールの様にその顔を覆っていたというのに…。
神立は、夕雷を抱いたまま鎌鼬の群れから離れたところに降り立った。
―ぱち、ぱち、ぱち
大仰な拍手がする。擾が、神立に向って満面の笑みで拍手していた。
「いやァ、見事だったぜ、七番!しばらく見ないうちに成長したなァ?」
神立はその言葉を無視した。
「夕雷、ちょっと待っててね。終ったらすぐに手当てするから」
そう言って、夕雷を近くの地面に下ろすと、自分の着ていた羽織を脱いで夕雷にかけた。
「おまえ…どうするつもりだ…?」
かすれた声で、夕雷が聞いた。神立は、振り返ってただ、笑った。
「かわいい子には旅をさせよ、ってか?まったくお前にゃ毎度驚かされるぜ」
「かわいい子?誰のこと?」
神立は慣れた手つきで鞘から鎌を取り出し、刃の様子を余裕たっぷりに見ながら聞いた。
「お前を飼った後じゃ、8番も、9番も、10番も、皆使い物にならねえ…だから方法を変えた…!」
そして、指を鳴らした。鎌鼬が、一斉に向きを替えて神立に踊りかかった。神立はその全ての動きを冷静に捉え、言った。
「こんな子供だましじゃ、僕は殺せないよ、擾」
放たれた鎌の鎖を、自分の鎖で一気に束ねて、大きな風を背後から呼んだ。不意に襲った風の衝撃に、もともと意識が混濁している鎌鼬らは容易く手を離して地面に投げ出された。
「ごめんね、後で返すからね」
神立が取り上げた鎌は地面に当たって幾つもの違った音色で鳴いた。神立は既に、自分の鎌を再び手元に構えている。
それを見て、擾は嬉しそうに、奇声を上げながら笑った。
「ひゃはははスゲエ!全くスゲエよ、七番!想像した以上だ…益々気に入ったぜ!」
神立は、守り手の居なくなった擾に向ってゆっくりと歩いていった。後がないというのに、彼は焦る気配を見せない。それどころかいっそう大きな笑みを浮かべ、こう言った。
「でもなァ、ちっとオイタが過ぎるんじゃねェか…?」
バチンという音がして、神立はあわてて振り返った。夕雷が、いきなり現れた5体の澱みに囲まれ、手足をつかまれている。身動き取れない彼の首には、彼自身の鎌が当てられていた。