蝉の声(あの夏2)-1
耳鳴りのような蝉の声。
太陽は頭のはるか上。
眩しさに目を細めながら、ひとり、縁側に立ちつくしてる。
仲間と騒ぐ夜のドライブも、気疲ればかりする合コンも、この家にいると嫌になる。
遊びとバイトに明け暮れながら、大学生になって二回目の夏が過ぎていく。
気紛れなスズネが
「あの夏を再現しない?」
そう言いだしたのは、何日か前の電話でのこと。
またとんでもないことを言いだした。
なんて思いながらも、その瞬間、家族で行くはずだった親戚の家に、俺は行かないことに決めていた。
不思議といえば不思議で、当たり前といえば当たり前のこと。
何故かなんて解らないけど、昔から、俺はスズネには逆らえないようにできているらしい。
それは、まだ幼稚園児だった出会いの頃、あのときからきっと、決まっていたのだと思う。
初めてスズネを見た、幼稚園のすべり台。
今と変わらない大きな瞳と、黒くて長い髪。
それからずっと、そばで育って。
だけど、幼なじみにありがちな、
「女として見られない」
なんてせりふ、俺には言えない。
あのときからずっと、スズネは特別な女の子だったんだから。
冷蔵庫に麦茶を冷やして、氷もたくさん作った。
スズネが使うだろう、うちわもちゃんと用意した。
ありえない、と思いながらも、虫かごと虫とり網も。
あの夏、スズネに蝉ばかりとらされたこと、なんとなく忘れられなくて。
縁側に吊した風鈴が、風に揺られて涼しげな音をたてる。
門扉の向こうは木々に遮られて、爪先立ちをしても見えない。
だから、目を閉じて、歩いてくるスズネの姿を想像する。
別のどんな女の子と、どんなことをしても、消えてくれなかったスズネの姿を。
あの夏、いつも、スズネはあの坂を登って、この家に遊びに来てた。
白いワンピースに、麦わら帽子、小さな鞄を斜めにかけて。
「この家、おばけ屋敷みたいで大好き」
そんな失礼なことを、よく平気で口走ってくれたものだっけ。
だけど、スズネが遊びに来てくれるなら、なんでもよかったんだ。
おばけ屋敷な家でも、なんでも。
水と戯れながら、スズネと植えた朝顔。
咲いた花を、二人して髪にさして遊んだ。
あの頃より何倍も、スズネは綺麗になったけど、今でもあの朝顔が一番似合うと思う。
今日もスズネは、アイスを持ってくるんだろうか。
小さな袋に、たったひとつのアイス。
だけど、スズネが喋ると、舌が青くなっているのが見えるから、俺はいつも、本当はアイスがふたつだったことに気づいてた。
なのに、袋に残ったひとつのアイスも、スズネと分けて食べる羽目になるんだ、絶対。
スズネは、俺の指摘なんかものともしないから。
四年生のあの夏、今よりも蝉の声はうるさかった。
スズネの我儘は、生意気ながらも可愛かった。
暑さに拍車をかけるようなため息がもれる。
スズネが俺の想いに気づくのは、一体何年後の夏だろうか。
蝉は、そのときも高らかに鳴いているだろうか。
ペタンコのサンダルの音が、蝉の声の向こうに聞こえる。
あの夏の、蝉と朝顔と太陽だけが見ていた、人生最初のキスを思い出した。
あのキスの再現は許されなくても、告白くらいは許してくれるかな。
手を、握るくらいは?
我儘なスズネがここまで来たら、青い舌を笑いながら、訊いてみたいと思う。
完