愚かに捧げる5-1
小さいころの敏樹は明るく素直で可愛らしい、誰からも愛される少年だった。
天使のようだ、とすら言われたことがある。
次男の直樹が引っ込み思案な少年だったこともあり、自分に似て利発な長男を父は溺愛
していた。
自分の行くどんな所へでも敏樹を連れて行き、知識を吸収させた。
敏樹もまた、休日になる度に色々な所に連れて行って話をしてくれる父が大好きだった
。
弟に与えられる愛情の差も優越感を持って受け止めていた。
父の偏った愛に母や弟が傷ついていたことに気がつかないふりをした。
父は、財産も知識も、自分の持つものはすべて敏樹に与えようとしていた。
だがそのうち、息子が少しでも自分の理想と違う行動を取ると酷い言葉で詰るようにな
った。
敏樹は学校でどんなに笑っていても、家に帰ると閉塞感で何も話せなくなっていた。
小学校6年生の時に両親が離婚した。子供は二人とも母が引き取ることになった。
敏樹は母に理由を問い質したが「このままでは敏樹も直樹もダメになる」という返事し
か返ってこなかった。
…父に捨てられた。父の理想に相応しくなかったから捨てられたのだ。
この出来事は敏樹の心に暗い闇を落とした。
中学2年生の時、誕生日に父から敏樹の携帯に連絡が来た。会いたいということだった
。
父は自分を捨てた訳ではなかったのだと胸を躍らせて父に会いに行った敏樹は見たこと
もない光景を目にした。
薄暗い照明の中、大勢の女性が男性客の隣に座って酒を注いでいる。
パブやスナックなら小学生の時から父に連れられて行っていたので知っていた。
だが、この店の女性は全員上半身裸だった。客に触られて嬉しそうに身をよじっている
。
父も当たり前のように案内されたソファに座り、敏樹を呼ぶ。
おずおずと座った敏樹に父はミネラルウォーターを差し出した。
敏樹は中年男性ばかり相手にしてきた女性たちに大人気だった。
かわるがわる敏樹の隣に座ってはそっと(だがいやらしく)体を撫でて去っていく。
耳の後ろを舐めていく者もいた。
中学2年生の敏樹には刺激の強すぎる空間だった。
「お前、まだ童貞だろ?」
真っ赤になって俯く敏樹に向かって父が言った。
「金払って女買ったら違法だが、お前と寝てみたいって女とやる分には問題ねぇ」
見回してみると、なるほどあからさまに情熱的な視線を送ってくる女性が何人もいる。
「ホテル代は出してやる。誕生日プレゼントだ」
父の言葉に異を唱えることなどできない。だが、あまりの出来事に硬直して言葉が出な
い。口をぱくぱくさせる敏樹に、会話を聞いていた女性数人が擦り寄ってきた。
「ねぇパパちゃん、お相手は一人じゃないとダメなの〜?」
「あたしたちで絶テク仕込んであげるよ」
「若いんだから1晩1回なんて言わないわよね…?」
首に腰に、女性たちの腕が絡みつく。
「俺の息子だから大丈夫だろ。敏樹、3人いいよな?」
敏樹は意味も分からず頷くことしかできない。会計を済ませた父に紙幣を握らされ、
きつい香水のにおいに囲まれながら、敏樹は場末のホテルに吸い込まれて行った。