愚かに捧げる4-1
小玉敏樹から一方的に別れを告げられて一週間経った。
あれから何度電話しても繋がらない。メールをしても返って来ない。
捨てられたという思いと、何かの冗談だという思いが交錯し、中田真理子は現実をうま
く直視できないまま一週間を過ごした。
不思議なことに、別れの電話を受けてから一度も痴漢には遭わなかった。
今日も電車は乗車率150%の息苦しい空間を提供していたが、ぼんやりと窓の外を見ているだけで時は過ぎ去っていった。
痴漢に遭わないのが当たり前なのだ、とようやく思い出した時、改札前で真理子は急に見知らぬ男に声をかけられた。
「え・・・?」
ぼんやりとしていてよく聞き取れなかった。
目の前にいるのは同い年か少し上くらいの男だ。ブランド物のシャツにシルバーアクセサリー。髪は染めていないがわざと外向きにハネさせてセットしている。
どこにでもいる大学生に見えた。
男の目を見返した真理子に、もう一度男は言葉を発した。
「君、この前痴漢されてた子だよね?」
「・・・っ!」
今度ははっきりと頭に入ってきた。一瞬で顔が真っ赤になり、頭に血が上る。
あの痴態を見られていたのだ。大勢に囲まれた時かバイブを入れられた時かは分からなかったが、少なくとも目の前の男は真理子の顔を見て、覚えている。
傍観者か、そうでなければ・・・犯人なのだ。
「あなたが」
「ストップ。改札前でする話じゃないよね。今日の放課後、空いてる?ちょっと話したいことがあるんだけど」
真理子に選択の余地を与える聞き方だったが、真理子には脅迫としか受け取れなかった。
きっと、ここで断ったらこの男は私が痴漢に遭ったことを言いふらすに違いない・・・。
今度は真っ青な顔になって頷く真理子に駅の近くの喫茶店の名前を告げると、男は去っていった。
放課後。HRが終わると真理子はのろのろと喫茶店に向かった。
誰かについてきてほしかった。できれば敏樹に。だがそのためには事情を話さなければいけないのは明白であり、誰の顔を思い浮かべても頼れる人間はいなかった。
朝の男は喫茶店の前で携帯を見ていた。真理子に気づくと片手を挙げる。
傍から見たら若い恋人同士のようだ、と思い自嘲した。
「とりあえず、入ろう」
「はい・・・」
男は自然にコーヒーを二つ注文する。
夕陽の差し込む明るい店内。客もまばらに点在している。こんな所でなんの話をするつもりなんだろう。
「自己紹介すると」
ほどなくやってきたコーヒーに手をつけず、男は言った。
「○○大学の1年生。厚木っていうんだけど」
(トシと同じ大学・・・)
「君には小玉敏樹の友達って言えば早いと思う」
「えっ・・・」
意外な一致に頭がついていかない。この男は私が痴漢されている所を見ていたという話をしたいのではないのか。
「同じサークルなんだよ。サッカーの同好会みたいなもん」
「そうなんですか。トシは・・・元気ですか?」
「ん〜どうだろ?夏休み入ってから会ってないし」
「・・・夏休み?」
初耳だ。真理子の高校が夏休みになるには後1週間あるが、大学はもう休みなのか。
「知らなかったんだ。2週間前からだよ。・・・あのさ、単刀直入に言うけど、君、あいつと別れた方がいいと思う」
「はぁ?」
会ったばかりの人間がいきなり何を言い出すのだ。
それに・・・敏樹はもう別れているつもりなのだ、多分。