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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第26章-1

大和大和は、常々疑問に思っていた。

テレビを見ていると、たまに出てくる、ある人種のことだ。自分の国を遠く離れ、貧しい人々の生活を助けたり、はたまた居場所を定めることすらせず、世界中を巡って人々に医療を施したり技術を提供する人間たち。

大和は思う。自分のような凡庸な人間には思いつきもしないような事が、一体いつ彼らの頭に思い浮かんだのだろう。どんな理由が、彼らをその使命に駆り立てるのだろう。人間なら誰だって、安穏とした生活の中で幸せに生き、幸せに死ぬことを欲するはずだ。なのに、どうして彼らは戦うのだろう。貧困や、病や、劣悪な環境と。

彼らの中には何か特別なものがあるのか…その“特別”は自分の中には無いのだろうか。そもそも、その“特別”は自分の中に備わっているものなのか、あとから身につくものなのか。

いくら考えても、答えは出なかった。

出なかったが、しかし、大方の人間が彼の住む街から避難するのを見、まるで魂をうしなったかのように静まり返る見知った風景を見て、自分だけは―例え凡庸な人間に過ぎないとしても、例え誰一人として彼のやることに賛成しないとしても―この町を去ることは出来ないと感じた。それは、愛するものを故郷に残した兵士が、戦場に出立する朝に感じる名残惜しさに似ているのかもしれない。しかも、兵士はその村がいずれ戦火に焼け落ちるであろうことを知っているのだ。



政府は、あの化け物のことを“テロリスト”と呼んだ。そんな名前などではないのだが、一番説得力がある言葉であることは認めざるを得ない。全ての住民は政府が指定した避難所へと批難することになった。狗族や、他の神族が守りの結界を張る避難所は、彼の家からは車で3時間ほどのところにある盆地だ。戦場となる彼の町や、戦場になる可能性がある付近の街に住む人々は、それぞれ密集しすぎないように少し奥まった山地に避難する。

あのとんでもないニュースが流れた日の夕方までに、政府はまるで待ち構えてでもいたみたいにその避難案内を公布した。これには、青嵐会が手をまわしていたとしか考えられないが、もしもっと早くにこのことが国民に知らされていたら、これほどの混乱には陥らなかっただろう。その日の夜から、避難へ向かう人々が列は消えることが無い。その間にも渋滞、事故、留守を狙った盗難が多発し、まるで地域一体が戦争に巻き込まれたような有様だった。いや、戦争には違いない。

だが、大和は思った。この混乱と恐怖と怒りをこそ、澱みは糧として成長するのではなかったか。そう思うと、彼が立っている地面が、まるで澱みの手のひらであるかのように感じられた。逃げても、逃げても、澱みは追ってくる。釈迦の手のひらの上から抜け出せなかった孫悟空のように。

逃げても逃げても。



逃げろ、と、あいつは言った。

白い肌の、銀の髪の、金の目のあいつ。片腕しかなくて、片目しかなくて、それでも多分、俺より強い。

―いくら強い武器があっても、お前は人間だ。おまえには、これ以上の戦いは無理だ。

人間だよ。そうとも俺は人間だ。それを引け目に感じたことなんか無い。たとえ自分より美しく強い種族がこの地に存在していることを知っても。だから―

大和は、バイクの上で、隣の車の中を覗いた。父がハンドルを握るワンボックスの、後部座席とトランクには、最低限必要になるであろう生活用品が詰め込んである。避難できる田舎がある俺たちには、最小限の荷物があればいい。母が助手席で、いつまで経っても進まない渋滞を心配そうに見ている。スーパーマンでもない限り、いくら見つめたところで、連なる車の向こう側を見ることは出来ないのに。妹は、大和の視線を感じたのかふと顔を上げた。妹がいぶかしげに眉をひそめた。おにいちゃん、どうしたの?

普通の家族。普通で、平凡な、つまらない家族だと思っていたこともあった。かつては。


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