飃の啼く…第26章-9
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明後日に迫る開戦を控え、飃の村には続々と、飃の震軍に加わる妖怪や狗族がやってきていた。春の神楽祭りで見た顔もちらほらあったけれど、狛族がかなり沢山いたような気がした。神様を守る役目の狛狗族が、その傍を離れるのは珍しいことだ。いや、でも今回の戦い以上に珍しいことも無いか。
私達は、明日に備えて一度家に帰ることにした。誰もいない町に帰るのは気が滅入るけど、自分の家に帰るのはいつもどおり安心する。飃は私を背負って一番深い夜の空へと跳び、家に着いた時にも、まだ空は白んでいなかった。
家に帰るたびに感じる、なつかしい匂い。ため息にも似た、深い息をする。明日は戦士に与えられた一時の休息、ということで、どこにも行く予定は無い。だからといって、家でゆっくり出来るかと言えばそうでもないけど…。何かしていないと、結局いてもたってもいられずにどこかへ走り出してしまいたくなる。
汗ばむ体を、とりあえず洗い流して風呂を飃に譲る。テレビは、延々と先日の黷の(と、もちろん私達のことも)映像を流している。たまに評論家を交えて、たまに目撃者の証言を交えて。でも、あのビルが見える範囲には、人間は立ち入りが禁じられている。それは青嵐会からの通達であり、政府も正式にその旨を発表した。もし狗族が守るその境界線をうまく潜り抜けて中に入れたとしても地中に伸びている根のような黷の触手に魂を吸われて囚われてしまう。だから、ニュースはどれも、映像のループ。お笑い番組も無し、クイズ番組も無しだ。もっとも、こんなときにお笑いを見て笑えるかと聞かれたら、無理だと答えるしかないけど。
テレビを消すと、真っ黒な画面から見返す自分と目が合った。
「いいか、飃、さくら」
青嵐は言った。
「これは命令だ」
その命令が、どれだけ私の心を痛めるものか、彼は知っていた。今日、彼から私達に下された命令。辛いと思う理由はいくらでもある。しかし、その命令が下された理由は一つしかないのだ。私達は謹んでその命を受けた。黒い鏡に映った、自分が自分に問いかける。
―八条さくら。あんたは、一年前より少しはマシに戦える?
「戦える」
―憂いは?後悔は?恐怖は無いの?
「無い」
―覚悟は
「覚悟は、出来てる」
私は目を閉じた。覚悟は出来ている。