mare-7
「おひょーっ、すげえな、これは」
まるで女らしくない野分の歓声。ビデオの画素のことを言ってるのか…中古だから、それほど画質がいいわけでもないのだが。田舎から出てきたばかりで、きっとビデオを見るのが珍しいのだろう。俺は話した。
「だからさ、何処へ言ったら会えるか教えてくれないか?」
「いいともよ!おめえら人間にとっちゃ未確認だろうが、あたしらはここであったが百年目ってくらいこいつらの事はよく知ってんだ」
そう言って、野分と小夜はにっこりと笑みを浮かべた。いきなり見せられた営業スマイルにどことなく不安を覚えたが、それよりも知識欲のほうが勝っていたのだ。
結局、野分が住職に「じっちゃん、茶もってきてくんない?」と叫んで、住職が「自分でもってこい!」と怒鳴り返した以外には、話を中座させるものはなかった。おれ達は魅せられたように話にのめりこみ、どんな小説を読んだって味わえないような興奮を味わった。二人の(放していたのはほとんど野分だったが)語りは巧妙で、開始10分で眠くなるうちの大学の講義とは大違いだった。
小説の中にあるような夢物語に、現実か、物語かを考える余裕も無いまま、ただ聞き入っていた。しかし百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、澱みに関する話は難なく飲み込めた。
ただ、狗族云々という話については、実際に目に術を施してもらうまで信じることは出来なかった。目を塞ぐ手がどけられた時に、野分と小夜の頭の上に乗っかっていた耳を見て、おれ達二人は、どこのオタクだと本気で噴出しそうになったが、その無礼に腹を立てた野分がかっと開いた口に覗く牙と、急に吹き荒れた風に説得された。なにしろ窓も開いていなかったのに危うく花瓶が落ちそうになったのだから信じるしかない。小夜がとっさに動いて花瓶を受け止めなければ、風のほかに、住職の落とす雷の洗礼を受けることになっていただろう。
「すげぇ…すげえよ」
となりで相方が体を震わせている。こいつは民俗学専攻だから、こういう話にはめっぽう弱い。奴は小夜の手をとって、目を滲ませながら言った。
「おれ達に何か出来ることはないんですか」
その言葉を聞いた瞬間、狗族の二人はまたしてもあの営業スマイルを浮かべた。
「あるとも」
野分が言う。俺の身体も震えたが、それは感動ではなく、悪寒からくるものだった。後になって思い出したのだが、俺たちは“あの黒いのを見つけるにはどこへ行けばいいのか”と質問したはずだったのだ。しかし、その時はそんな事も、俺たちの頭から抜け落ちてしまっていた。
ほとんどの狗族は、機械を使えない。
使おうとすることはできるが、とにかく相性が悪いのだ。車やバイクに関してはその限りではないが、電気を使って動くものを遣おうとすれば、たちまち機械がショートするか、狗族の思考回路がショートしてしまう。自分でその構造と仕組みを理解し出来ない装置を使うことにはものすごい抵抗があるのだ。
そのことをじっくりと説明されてから、二人は本題に入った。
「一ヶ月以内に、東京は戦場になります」
これは途方も無い話だった。東京が戦場になるということは、人体の心臓がとまるのと同義だ。経済、政治、とにかく正常に働いていなければならない全ての機能が麻痺することになる。