mare-10
「聞いてたのか?!」
「聞こえちゃうんだよ、このでっけえ耳が見えないのか!?」
オレが人生で一番どぎまぎしてるのをよそに、野分は嬉し涙も流さんというほどの勢いだった。オレに抱きついたままぴょんぴょんはねるもんだから、眼鏡がずれてどうしようもない状況になっている。小夜はとっくに声をあげて泣いていて、相方はあたふたしながら必死に涙を止めようとしていた。
―悪くない。いや、全くもってわるくないぞ、この気分は。
やっとのことで野分を引き剥がすと、彼女は言った。
「心配しろ、あたしたちが命をかけてお前らを守ってやるからよ、ビレオレターなんか撮らなくたって大丈夫だぜ!」
“ビレオレターなんか”と大見得を切った野分の後ろで、小夜が涙を拭きながら
「でも、念のために撮って置いてくださいね」
といってるのが聞こえた。
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時に波は、気まぐれに、最も安全と思われるような高台にたつ物をも襲う。津波のような勢いで。
その津波に背を向けて逃げるか、波に挑んで遠くへの旅に赴くかは、その者次第。
選ぶのは波ではない。
そのことがどういう展開を導くかは、波も、ひとも、運命さえもまだ知らない。