Stormcloud-39
香雲の雷はまっすぐに神立に向かって来て、彼の周りの空気を奪った。
雷の吼えるようなこだまに続いて聞こえる、床に転がる神立の音。
香雲の大きな体は、頭から尻尾へと力が抜けてゆき、仕舞いにはぐしゃりとその場に崩れこんだ。その衝撃で埃が舞い、天井からも煤が落ちてきた。
「神立!」
春雲は、倒れた香雲の身体の脇をすり抜けて、一目散に神立の元へ駆け寄った。
彼女は間に合うと信じていた。さっき落とした鎌を取って戻ってくるまでに、決着がついたりはしないと信じていた。敷物と壁から立ち昇る煙の向こうには、神立が居ると。そこで、腕を広げて彼女を抱きとめてくれると。
「春雲!」
信じていたのに、彼の姿と声が彼女に届いた時、春雲は信じられない思いで一杯だった。
「神立…神立!」
春雲は、血ときな臭い匂いのする神立の胸に顔をうずめた。そんな彼女をきつく抱きしめながら、神立は言った。
「あれほど逃げろといったじゃないか!」
「…背中を見せて逃げるような女が、自分の恋人で満足なのか!」
くぐもった声が胸元から聞こえて、神立は笑いを堪えきれなくなった。
不意に、大穴から喚声が聞こえた。覗き込むと、沢山の狗族が開け放たれた門からなだれ込んでくるところだった。先頭に立つのは、青嵐。傍らに颱が居て、龍宮を指差した。彼は頷くと、澱みの討伐を兵士に任せ、こちらへ向ってきた。
「わりいな、遅れちまった!」
香雲の身体を手早く衛兵に縛り上げさせ、青嵐が言った。
「ありがとうございます、青嵐」
神立が言うと、青嵐は「おめーに言ったんじゃねーよ」と笑った。春雲もそれを見て笑った。
「感謝します。青嵐…何もかも」
「まったく、俺って仲人の才能あるぜ。な?」
そう言って、劇的に減り始めた澱みの討伐に加わるため、龍宮にぽっかり明いた穴から二人を残して飛び降りた。青嵐会の到着に勇気付けられたのか、大勢の龍族たちが彼らと一緒に戦っていた。神立は、その戦いに加わりたい気持ちで少しむずむずしながら、何を言うでもなく春雲とその光景を見ていた。
「神立」
春雲が神立に寄り添ったまま言った。
「わらわは決めた」
「何を?」
軽やかな足取りで神立から離れると、甘い残り香が彼を撫でた。