Stormcloud-34
八卦の形に仕切られた窓の格子から、落下してゆく神立を見たときには胸が張り裂けそうになった。しかし気を取り直して、この期に及んでまだ髪飾りや着物やらを持ち出そうとする寝巻き姿の踊り子をなだめすかしている最中に、見慣れたものが置いてあった。
「これは―」
持ち上げると、ずしりと重い。皮の鞘に入った円盤状の物。これは…
「これはこれは、お嬢ちゃん…ちいっと置いたが過ぎるんじゃねえのかい？」
後ろから羽交い絞めにされて、春雲は手に持ったものを取り落とした。落ちたのが絨毯張りの床の上でも、それは澄んだ、金属の音を発した。彼女を捕まえていたのは、さっき取り逃がした、澱みの一匹だった。
「貴様…放せっ！」
「へっへへ、もう変化する体力も残ってねえだろ、かわいがってやりてえところだが、そうもいかねえんだ…」
後ろから鳩尾に思い一撃を受けて、春雲は気を失った。
冷たい風が彼女の頬をなぶっていた。気付くと、彼女はカーテンの切れ端ではなくちゃんとした寝巻きを身につけていて寝台に横になっていた。
―全ては悪い夢だったのだ。
そう思って目を閉じると、声がした。
「目が覚めたかい、春雲」
彼女は飛び起きた。彼女の傍らに寝転んで、頭を撫でている香雲と目が合う。
「香雲哥さん…？」
「ごらん」
そこは、先ほど王が倒れていた部屋だ。彼女があけた大穴の前に、巨大な寝台が置かれて、そこからいたるところで火の手の上がる町を見下ろすことが出来た。
「兄上、これはどういうことです！？皆を助けなくては…寝ている場合ではないのです！」
寝台から飛び降りようとする彼女の腕を、香雲が握った。
「助けなど要らぬ」
「え―？」
歪んだ微笑。春雲は、全てを理解した。
「助けなど要らぬ。我が統治には、あのような弱きものたちも、煩わしい狗族との同盟も、力を押さえつける枷も必要ない。」
春雲は手を振りほどいた。香雲は穴の淵に立ち、両手を広げて叫んだ。
「澱みどもよ！思う存分民の生気を食らって、攻め来たる青嵐会の兵を根絶やしにするがいい！」
狂ったように高笑いする哥の背中に、春雲は言った。
「全ては貴方の計略だったのですね…門衛を殺し澱みを招き入れ…青嵐会に助けを求めておきながら、彼らを殺す気なんだ！貴方は龍の巣を澱みに売った！」
「売ったとは人聞きが悪い。提携だよ、春雲。提携と言うのはつまり…いや、お前にならこの言葉の意味がわかるだろうね。だが、まだ物事の本質を見る目が無い…」
春雲は哥をにらみつけた。