Stormcloud-27
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春雲は、蒼穹の翳りを日々、刻々と感じていた。澱みというものは、謂われなく狗族に迫害された、本当は心根の優しい、哀れな種族なのだと、哥が何度彼女に諭しても、彼女はよどみに近づくことはおろか、見るのも厭だという気持ちを押さえつけることは出来なかった。澱みが持ってくる、物珍しい地上の贈り物に心酔した王も、妃も、妾も皆、影では澱みを嫌っていながら、彼らを退けようとはしなかった。
「何故、急に彼らをきらいになったのだ、春雲?」
そして、日々尊大になってくる哥の態度も不気味だった。あの一件以来、寒雲と香雲の地位は格段に上がった。龍王の座を継ぐものには、いずれ龍王の子の証である“雲”の字の上に最も高貴な色である“黄”を賜る。その黄色を望む者として“望黄(ワンファン)”と呼ばれる。今や二人は、その望黄だった。
「だ、だって…なんだか気味が悪いのです。兄上」
「お前が毎日通っていたあの水鏡だって、澱みが、懇意にしている蛇族に作らせた贈り物なのだぞ?」
それは知っていた。しかし、あの謁見の席で露にされた狗族の“陰謀”と、その後の状況は、面白いほど澱みに有利なものなのだ。
もし、澱みがあの一件を見せ付けるためだけに水鏡を贈ったのだとしたら?
もし、澱みが迫害されているのが嘘で、狗族が正しいのだとしたら?
もし、長い間龍宮に入り込む計画を練っていた澱みが、今それに成功したのだとしたら?
もし…もし、香雲が完全に彼らに騙されているのだとしたら?そして彼の言うことがすべて間違いだったとしたら?
あれ以来、彼女は水鏡に行くこともやめた。
「香雲、龍には力がある。その力は、強き力を増長させるためにあるのだろうか?否。そうだろう?我々が澱みを助けてあげなければ、どうして彼らが救われよう?彼らの容貌も、振る舞いも、全てはこれから彼らが行う尊い大事のため。憎まれ役を買って出なくてはならない彼らの事、理解してやらねば」
春雲は頷いた。肯定していいのか、否定していいのか…よくわからぬままに。
その夜、春雲は自分の部屋の窓から町を見ていた。星の光は遠ざかっている。紗をかけたようにうすぼんやりとして、元気がないように思えた。一方、月は血を塗ったような赤みがかった光を投げかけて、不安感と理由の無い苛立ちをもたらした。
不意に春雲は身を乗り出した。澱みが…龍宮前の広間に集まっている。ものすごい数だ。一体どこにこんな数の澱みが居たのかと思うほどに。
いや、増えたのだ。門をくぐってやってきた澱みは二十にも満たなかったのに、いまはざっと見ただけで百をゆうに越す。澱みが、増えたのだ。春雲はそれに気付き、急いで部屋の出口に向ったものの、思い直した。出口には人払いの命を聞き入れない護衛が常に立っている。そこから動かぬように、哥から命令されているのだ。春雲は引き返し、窓から抜け出して神立の元へ向った。