Stormcloud-16
「そちの奏上、真に感慨深い」
王が思慮深げな声で言った。狗族が何を語ったのか知らないが、安穏とした空気を様変わりさせるようなことだったに違いない。あの年若い(といっても自分とそう変わらない年なのだが)狗族が何も話そうとしない以上、手がかりは颱の奏上に限られてしまうのに。ヤキモキしながら、春雲は席に着いた。
「いまや、戦煙は日ノ本全てを覆う勢いであるのだな…」
「左様で御座ります」
龍に服従する雷獣の性を受け継ぐゆえに、颱は地上で制御できない雷を龍宮の中では制御することが出来る。雷獣の宿す雷の力が、龍の威光の前に萎縮するためだ。とは言え、赤い禁帯を外すことは無かったので、その声はくぐもって聞こえた。
「お言葉ながら、父上」
寒雲が口を開いた。王が尺を振って先を続ける許しを出した。寒雲は聡明というより小賢しい印象を与える。龍の持つ威風堂々たる雰囲気が無いのも一因だが、いつも寒そうにすぼまった肩、曲がった背が、彼の貧相な印象を一層強めた。春雲が幼かった頃は、今ほど貧弱ではなく、一風変わったところもあるが、他のものより少し学問を好み、好奇心の強い普通の龍だった。
「戦雲は間もなく、この雲の上まで覆うこととなるでしょう」
寒雲を胡散臭く思うと言う点については王も春雲と同意見であり、つまりこの場にいるほとんどのものと同意見であったはずだった。しかし、額に浮かぶ汗を拭きながら、精一杯背筋を伸ばして王と向かい合う彼の姿は、今までに無いものだった。
「もはや、雲の上に安穏と収まっていられる時代ではありませぬ」
ただし、その顔には拭いきれない冷笑と計算高い目の光があった。春雲は警戒して彼の話に耳を傾けた。すると、香雲が立ち上がったので、春雲は哥が寒雲の計画を打ち負かす何かをしてくれることを期待してそちらを見た。
「しかしながら…狗族の申すことを鵜呑みにしてしまってもいいのでしょうか?」
―え?
「何をもうすかと思えば、香雲。狗族は龍族の盟友であるぞ」
颱も王の前に跪いたまま目を丸くした。どよめきが広がるのを右手で制して、香雲は続けた。
「何も全ての狗族を疑うと言うのではありませぬ…青嵐会、そう、この組織が信じるに足るものかどうか、私ははなはだ疑問なのです」
「何が言いたい」
聴衆の興味を得たことに満足したのか、香雲は自身ありげに彼らを見回した。
「青嵐会は、その名と権力の下に、今まで好き勝手を続けてまいりました…神である玉藻…そう、九尾の狐、及びその擁護派との目にあまる対立はご存知の通り…だが、先日青嵐はついに、擁護派を誑かし、七長の目をかいくぐってその牙を玉藻の御首にかけたのですぞ!」
龍族のどよめきが、反論のために発した颱の言葉を飲み込んだ。春雲は、何かがおかしいことに気がついた。普段どのようなことにもあまり動じることの無い龍族が、これほどまでに折り乱すのはどういうわけだろう?しかも、ほとんど無関心と言っても良かった狗族同士の対立など、今知ったばかりというものがほとんどではないか?それに、春雲には青嵐を信頼していただけに、余計に違和感を覚えた。哥の言いたかったことはこれなのか…?