Stormcloud-12
「なぜって…なぜって…」
一瞬、回転する脳みそから口付けをかわす二人のビジョンが飛び出てきた。心臓がそれを受け取り、ダンスのステップが早まる。
―刹那
あの鋭い爪、あの痛み、あの声…あの快感が蘇る。あの赤、あの熱、あの叫び…あの達成感が蘇る。
「神立?」
欄干を握り締めていた手が、ひりりと痛んだ。多分、血が出ているだろう。神立は背中を丸めたまま指をかんだ。
「いけないよ。キスって、ものはさ…本当に愛する人とするべきなんだ」
振り絞るようにようやく、そう呟いて、神立は立ち上がった。
「そろそろ、部屋に戻ったほうがいいよ」
その思いつめた顔を、彼女は見ただろうか、おそらく見ただろう。大人しく従った。
部屋に戻ると、神立は窓際の華奢なイスに座った。今夜は眠らないつもりで、地上で観るよりもずっと大きく感じる月を眺めていた。布団に入った春雲は、あの水鏡から戻る時から今まで、口を利いていない。神立の心の中を覗くように、遠慮せず、じっと疑問を称えた目で彼を見つめていた。
しばらくして、春雲はようやく口を開いた。
「澱みが…」
神立は、遅かれ早かれ春雲が質問をぶつけてくるような気がしたので、顔を少し彼女のほうへ傾け、小さな声で返事をした。
「ん?」
「そなたに何をしたのじゃ?」
神立は、月明かりの照らす石の床を眺めた。そこに答えが落ちていることを期待したわけではない。しかし、心を乱すような眩い月影から目をそらしても、じっと口をつぐんで頭の中をさらってみても、答えるべき言葉が見つからない。どんな言葉を見つけても、それは死者に対する言い訳になってしまうように思えた。“誰かを殺せと命令した”?“両親の元から自分を攫って澱みの飼い犲に仕立て上げた”?
「何も…」
何も。そう答える事で、自分の罪を認めることが正義の、いや、贖罪のはじめの一歩なのだと神立は思った。
「何も、か?」
「うん。何もしては居ない」
ただし、その答えは春雲のため息を買っただけだったけれど。