飃の啼く…第24章-17
「赦す必要などありません。ただ、終わらせて下さい。長い悪夢のような我々の存在を」
私は顔を上げた。
「ああ、いい気分です…存在していて、こんなに嬉しいと思えたのは久しぶりです」
そして、さっきより少し上手に、彼女は微笑んだ。
「今まで、青嵐会にはたくさんの分身を提供し続けてきましたが、これでようやく私にも順番が巡ってきました。しかも、一番いい死に方です」
私は顔を上げた。涙は、驚きのあまり流れることをとめてしまった。
「分身?提供?なんのこと?」
彼女は答えなかった。かわりに、頭を強く抑え、座った姿勢のまま床に突っ伏した。
「どうしたの!?」
打ち上げられた魚のように、彼女は苦しそうにあえいだ。
「急いでください…ああ…暴れだす、実験体たちが…!」
私は格子の隙間から手を差し伸べ、冷たい身体を擦った。
「…実験体たちが、強い力の呼びかけに、応えようとしている…!」
私は、深く考えず、檻の扉にかかっている鍵に七星をつきたてた。彼女は目を見張り、私が正気を失っていないのをじっと見て見極めようとしていた。もちろん私は正気だ。七星を何度も鍵に叩きつけていると、ようやく壊れた。私は迷わず彼女を連れて外に出た。彼女は驚きのあまり言葉を失ってしまい、私はそんな彼女を負ぶさりながら、そういうところは凄く人間らしいな、と思った。
私は、走りながら、閉ざされた引き戸を開けていった。静かな声で、彼女の声がした。
「囚われた彼らを、解き放ってください―」
薄汚いタイル張りの部屋には、澱みのものと思われる匂いが充満していた。武器の並んだ部屋、本や書類に埋め尽くされた部屋、戸を開けると、中に居た狗族たちが驚いて私を見た。「一体何を…」
追いかけてくる声に耳を貸さず、私はここにきてから始めて目にする行き止まりに向かって突っ走った。あれがこの現況の最奥にあるものだ。深山氏の記憶は私を急かし、また怯えさせもした。
私は、その扉を蹴破った。
「なんだ…?」
目が利かなくなるほどの眩しい光は、蛍光灯の灯りだった。真っ白な部屋に、真っ白な服を着た狗族たち。手術台のような大きな卓と、並ぶ幾つものガラスケース…その中には目を覆いたくなるような姿の、出来損ないの澱みがある。
「なに…なによこれ!」
私は立ち尽くした。侵入者に気付いた狗族が慌ててこちらに向かってきた。