Stargazers-16
まだ病院にはいきたくないと、理由を語るでもなく言い張るアリスを、カジマヤは別に説得したりはしなかった。結局、この状況を楽しんでいるのは彼も同じだったからだ。
浜辺に捨てられていたサンダル(どう見ても男物で、アリスの足には大きかったが)を拾って履かせ、人通りの多い町に繰り出した。医者に行くまでも無く、もしかしたら記憶を取り戻すことが出来るかもしれないというもっともらしい理由をつけて。
彼らは街の店でアイスクリームを買い(飃は厳しいが公平な上司でもあった。カジマヤの仕事にはきちんと“給料”を支払ってくれているのだ。)暮れかける夕日に、一番近い桟橋の上でそれを食べた。刻一刻と染まる世界の中で、だんだんと言葉は少なくなっていく。
「ねえ」
「ん?」
アリスが、中身の無くなったアイスの包み紙を折ったり広げたりしながら聞いた。
「もう少し、一緒にいてもいい?一日とか…もしかしたら、二日?」
「いいよ」
カジマヤは答えてから、あまりに即答しすぎたのではないかと少し心配になった。男の意地のようなものが自分にあるとは思わなかったけれど、彼は自分がアリスと同じことを考えていて、しかもそれを強く望んでいたことを知られるのは少し照れくさかった。
「家から食べ物とか…布団を借りてくるよ。あの崖で野宿するんだ。きっと面白いぜ」
アリスは、更に細かく折りたたんだアイスの紙を無意識の内にポケットにいれて、微笑んだ。
「あれは?」
「どれ?」
ごつごつした岩の上に枯れ草を敷いて、その上に家から(正確に言えば無断で)持ち出した布団を敷いた。慎み深く、二組。肌触りのいい掛け布団に包まって、カジマヤは仰向けに、アリスは肘を着いて星を見ていた。
「あの赤いの」
アリスが示した星は、南に浮かぶ言葉通り真っ赤な星だった。
「あれは大火。蠍座の心臓だよ」
「じゃあ、あれは?」
アリスの指差した先をもっとよく見ようと、カジマヤは体を起こしてアリスに寄り添った。不意に、お互いの吐息を感じる距離であることに、気付いて戸惑う。カジマヤは動転して、知らない星など無いのに
「わかんない」
と答えた。
「そう?」
アリスが顔を傾けて、どぎまぎするほど近づく。一瞬伏せた彼女の睫は長くて…再びお互いの目が合ったときには、もうどちらとも無く最後の距離を埋めようとしていた。