Stargazers-14
「君、軍隊の人間か?」
「え?私は違うわよ…」
少し距離を置きながらカジマヤは、もう少しでうなり声を上げそうになる自分をどうにか抑える。
「だって、それ、君の名札だろ!」
「はぁ?私の名前が“スティーブン”なら、ゲイバーで一番の人気者になれるわよ!」
何を言っているのか理解していない様子のカジマヤに、彼女は忍耐強く説明した。
「あのね、スティーブン、ってのは男の名前。それに、Maleは男って意味なの。だからこれは、私以外の誰かの認識票!」
カジマヤは止めていた息をふっと吐き出した。その様子を見て、彼女が少し複雑な微笑を浮かべる。
「そんなに米軍が嫌い?」
「どうして好きになれると思うんだ?」
彼女は肩をすくめた。
「だって、基地で働いている日本人だっているし。それに、イザって時に日本を守るのは米軍よ。米軍には米軍の使命と誇りがあるもの」
使命と誇り。その言葉を、友人を奪った米軍が使うと思うといい知れない不快感が湧き上がってきた。けれど、それを抑えることが出来ないほどカジマヤは子供ではなかった。
「君は、米軍の側の人間なんだな」
“俺は読売巨人軍を応援しているが、君は阪神ファンだ”という時の口調にそれは似ていた。カジマヤはあわてて
「ほら、その名札だかなんだかを持ってるってことはさ」
と言い足す。
「わからない」
彼女は膝を抱えた。手の中の認識票を、見ず知らずの他人が写った写真を見るような目で見つめた。
「ママのことは思い出せたのに…思い浮かんだ人物がママだってことも、凄く好きだったことも思い出せるのに…この人のことはちっとも思い出せない」
不意に、手がかりが消えうせたことに気付いて、彼女は不安げな表情を浮かべた。
「このまま、一生記憶が戻らなかったらどうしよう?」
「医者に行ったほうが…」
突き放そうと思って言ったつもりは無く、ただこれ以上長い時間を自分と過ごすことが彼女のためにはならないだろうと思い至って、カジマヤは言った。
「人間の医者なら、多分君の記憶を見つけてくれるだろ。それに、どこに住んでるか、とかも」
彼女はそれには答えず、視線を認識票から今度はカジマヤに移した。
「“人間の”?」
言いつくろう前に、彼女が身を乗り出してカジマヤの目をのぞきこんだ。
「そういえば、貴方今朝、空飛んでなかった?別に私の頭がおかしいとかじゃないわよね?」
「え?あ、それは…」
目の前に彼女の青い目があって、海に洗いざらされた彼女の香りはとても自然で…