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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第23章-8

坊さんが数珠を巻き付けた手をつきつける。その手を慎重に避けつつ、深山氏は言った。
「ハゲはお前のほうだろうが、照善(しょうぜん)、この耄碌ジジイ…!」
「あの…」
見かねた茜が声をあけだ。思わず挙手までしている。そうしたくなるのも無理はなかった。

「んっ!?」

店先から魚を盗もうとした猫を見つけた魚屋だって、これ程までに機敏に(そして恐ろしい形相で)茜を見たりしなかったろう。彼は茜と、私とを見比べてから、神主の胸ぐらを掴んだ。誓って言うが、二人とも“血気盛ん”という形容詞が似合う歳ではない。どちらかと言うと“ちょいワル”をちょっと過ぎた世代だが、この二人を見れば世のちょいワルなど真っ青になって更正してしまうだろう。
「きっさまぁ〜遂にここまで誘い込みおったな…!」
「まてまてまてジジイ、勘違いするんじゃないぞ…」
「この場で調伏してやる!」
「やれるもんならやってみろ!うすら呆けハゲ!わたしの正体も知らんのに、貴様の猪口才(ちょこざい)な経で調伏できるか!」
悪霊も仏も退散しそうな迫力で坊主が言った。
「貴様の正体なぞ色狂いの山猿で十分じゃわ!」
「ちょっと!!」
私は、しなやかにして手強き我が友、茜に称賛の眼差しを向けた。この空気の中で物怖じしないのは茜と狗族の二人と…当人たちだけだ。つまり、私を除く全員だ。
「何を勘違いしてるのか知りませんけど、私たちはこの人に用があって来たんです。深山さんには悪意はありません。」
お坊さんは茜の事を頭から正座した膝頭までジロリと見た。
「用、とな?妖怪の類いではないようだが?」
深山氏に用があって来るのは妖怪の類いに限られると言わんばかりだ。
「ええ、まぁ。ある…頼みがあって。」
深山氏の口角がぐぐっと下がり、難しい顔で腕を組んだ。
「その表情から察するに、只の頼みでは…無いようじゃな。」
「貴方には関係の無いことです。」
照善の背後で辛抱強く立っていた風炎が口を開いた。さっきの言い争い(いや、喧嘩と言うべきか)とはうって変わった今の雰囲気の中で、外から聞こえる祭り囃子は物凄く場違いな気がする。
「関係の無いものなど居ない。」
深山氏がむっつりと言った。それはまさに私が考えていた事だった。
「全てを飲み込む問題だ。だからこそ、今足掻いて何になる?まぁ、こうなったのも自業自得と言うことだ。遅かれ早かれ、終わりはやって来る…。」
石のように重く、その声には感情が無かった。
「でも…!」
言いかけて、その先は言えなかった。先ほどから外を気にしていた飃が、今は廊下から外を見て、叫んだ。
「澱みだ!!」
同時に、あの悪寒が髪をざわつかせる。はじめ飃の耳にしか聞こえなかった悲鳴が、祭り囃子を引き裂いてここまで届いた。
「な…なんじゃ!?」
「茜はここで手伝っていろ!」
風炎が命じる。
「何を!?」
答えるまでもなかった。引き戸を開けると、まず先に目の前に飛び込んだのが逃げ込もうと向かってくる人たちの顔だったから。我先にと狭い玄関に飛び込んでくる。茜は頷いて、怯えきった羊のような人たちを導く声をあげた。
「奥へ!一番奥へ!あたしについてきて!立ち止まらないで!」

人間から姿を隠すことをやめた澱みのその姿は、もう一度姿を隠させたくなるような不気味なものだった。
個体なのか、群体なのか…幾つもの球体が、溶解しかけた葡萄の房のように繋がっている。
流れ込む人を避けることが出来ず、私は廊下まで押し戻される。


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