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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第23章-9

「ちょっ…通して!」
私の声は届かない。その間にも、列の後ろにいる人々の所に、無数の球体が群がっている。このままじゃ…助けるどころか、澱みの所まで行けない…!
―パニックだ。

「貴様らのせいだぞ…!」
深山氏が、人々を建物の奥に案内しながら言った。いや、私がかろうじて彼を見たときに、口が動いてなかった。多分、私の心が聞いたのだろう。
恐怖に我を忘れた人間たちは尚も向かってくる。建物の外で、澱みが悦んでいるのが解った。恐怖に染まった空気を、私まで感じることが出来るようだ。
「早くいかなきゃ、早く…」
飃と風炎は、人々の頭上を飛び越えて今澱みと戦っている。
私も加わらなきゃ…二人だけじゃ手が足りない…球体があまりに多すぎる!

「喝っ!!!」
混沌に等しい悲鳴と怒号の大合唱はぴたりと止んだ。
「騒ぐな!三列に並べ!そして速やかに入れ!」
照善の弾丸のような頭には血管が浮いていた。混乱する人たちを統率してくれたお陰で、私が外へ出る余裕が出来た。

「ごめんなさい!通して!」

外へ出る私の背後から、照善の声が追いかけてきた。

「待て!何をするつもりだ…!」

出来ることをするのよ、お坊さん。私に出来ることを。


「人間性なんて、脆いものだな?」
球体を統べる頭とおぼしき影が声をあげた。先日スーパーで見た澱みとは違う…だが、ほぼ完璧に人を模していた。
「いや、人間性とは違う、な。」
大きな目は幼い印象を与える。その目が見ているのは私だった。
「理性。人間たちは、そういうのだな…」
人の魂を狙って飛び回る球体を追うのは骨が折れるし、効率も悪い。早くこいつを滅ぼせば、それだけ早く魂が元に戻る!
「お前たちが、邪魔をするから…聞こえなかったではないか。」
澱みにも個性がある。分裂によって個体数を増やす存在にしては他に例を見ないくらい、多種多様な個性を有する。この澱みは、ぎこちない話し方に似合わぬ自信に満ちた表情で、くるくると髪の毛を指に巻き付けて玩(もてあそ)んでいた。
「恐怖に我を、忘れた母親が自らの、子供を踏み、潰す音を。」
あいつが狙っているのはこちらの怒りだ。と、いうことは、向かっていった私達を迎え撃つ(更に反撃する)用意があると言うこと…。そんなことも解らないような素人だと思われているなら心外だ。
「へえ?大した趣味だこと!」
ほらね?私は冷静だ。
「趣味…?いや、趣味ではない。生理的欲求、という、のか。今日は“久しぶり”にあの音を聞ける、かと…楽しみにしていたのだが。」

冷静さをかなぐり捨て、私は地面を蹴った。
「―よせ、さくら!」
の声が無ければ、そのまま突っ込んでいただろう。かろうじて七星を止めることが出来なかったら、私は人を一人殺していた事になる。
「な…!」
「どうした?やれ!」
嘲笑が見下ろしている。七星の切っ先に現れた顔ほどの大きさのある球体は、煮こごりのような色の淀みの向こうに、確かに人間の魂を閉じ込めていた。眠るような顔だけが、澱みの体内から透けて見える。それが、私の顔前に浮かんでいたのだ。
「う…!」
人間の魂を人質にとっている!バスケットボール大の球体の中に魂が閉じ込められていて、盾のように、澱みへの行く手を阻むのだ。
「迷うよな?え?どう対処するのだ、人間?見せて、くれ…お前の選択が知りたくて、つまらない人間の、魂などを使っている…」

澱みは“迷う”と言った。迷うものか。人間の魂を犠牲にする選択肢なんか、私の目の前にはない。選択肢は、二つしかないとは限らないんだ。


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