飃の啼く…第23章-12
+++++++++++++
腐ったぶどうの山の上に、人の形をした澱みは立っていた。魂を閉じ込めた球体は九つあり、常によどみの周りを飛んで親玉をガードしている。私と飃と風炎で一斉攻撃を仕掛けても、九つあるうちのどれかが邪魔をしてくるだろう。じりじりと剣を握る手にだけ力が入る。澱みは私を見下ろして、その様子を楽しそうに見物していた。
「何か動いて、見せろ、八条さくら…このまま永遠に私と、見つめ合っているつもりか…?」
「こう言う時は睨み合ってるって言うんだ、馬鹿!」
憎まれ口でも、やつの気をそらしておくには十分だったようだ。この澱みは策士かもしれないが、賢明ではない。
私は澱みから目を離して、飃をみた。
同時に、風炎の隣にあった飃の姿が揺らいで―消えた。
本物の飃は楠の樹上で呪歌を紡いでいる。彼がたった今、仕上げの印を―切った!
澱みは、飃の姿をした分け身が消えて言った後をゆうに2秒は見つめた後、ようやく状況を飲み込んだ。私の隣に立っていた飃が、風炎の術による分け身だったということに。
「な…!?」
途端に地面から金色の糸のようなものが伸びて、空中に浮かぶ澱みの球体と地面を結んだ。後から現れた何本もの金の糸が、よりあって紐に、そして縄へと変化してゆく。
「縛」
アドバルーンみたいに囚われた球体の間を縫って、一直線によどみに向かう私の手の中で、七星が嬉しそうに風を切った。
「く…!」
奴が立っている葡萄形の澱みから分厚い壁が伸びて私を邪魔してくる。攻撃の手を止めた私の代わりに、一歩後退した人型の澱みのすぐ後ろに、雨垂を構えた飃が着地した。
「よく回るお前の舌も、こうなっては役に立たぬな、ん?」
「くそぉおお…!」
飃は微笑んだと思う。澱みの核に届く手ごたえを感じた時にいつもそうするように。飃の意のままに舞う雨垂はまるで如意棒のよう。あまりに早く動いたので、本当に如意棒みたいに延びたのかと思ってしまった。実際は、飃の突きが一瞬で澱みの核に到達し、すぐに引き抜かれただけだ。
澱みは口惜しそうに顔をゆがめ、口、鼻、耳から制御の聞かなくなった体液を噴出し、塵になった。
「後一匹だ!」
「だめ!!」
構えた日本刀を、今まさに葡萄形のよどみの巨体につきたてようとしていた風炎の動きがぴたりと止まった。
ぶくぶくと、あぶく簿はじける音が聞こえる。
―嘲笑だ。この澱みが発する、嘲笑の音だった。
「だめ…風炎…。」
さっき私の行く手を阻んだ壁は、まだ目の前にあった。そして、その中にある、人間の顔も。おそらく風炎がみているものと、私が見ているものは一緒だ。
人間の魂は、この澱みの本体に、まだある…まだ、沢山。
ごぼごぼという音が、再び鳴った。