The kiss and the light-5
「話し相手が欲しい、ってわけじゃないみたいね」
車の助手席で、勝手にCDを漁りながら彼女が言った。音楽の趣味や大まかな価値観は、彼女に共感できる部分が多いから、いつもはお互いがいい話し相手になることもある。彼女は今、オアシスの『ヒーザン・ケミストリー』を探している。他のCDは不要なダイレクトメールのような不当な扱いを受け、がたがたとラックに突っ込まれた。
「おい、頼むから傷をつけるなよ」
「はいはい。で?」
俺は諦めて言った。
「今回の事件の犯人から手紙が届いた」
彼女は取り乱すことは無かった。
「なるほどね」
「驚かないのか?」
何でよ、とでも言いたげに目を細めて俺を見る。
「犯人と面識があるって言ったのはあんたでしょ?遅かれ早かれ接触があるとは思ってた」
続きを促して、お目当ての曲を頭出しする。
「で、次はお前を狙うことにしたんだと」
「はぁ!?」
驚いたというよりは、イラついたという感じだった。
「そう書いてある。読むか?」
俺は目でカバンを示した。彼女は首を振り、助手席に倒れこむように背中を預けた。オアシスを聞く気分ではなくなったらしく、取り出しボタンを押してCDを閉まった。変わりに、ニッケルバックの『オール・ザ・ライト・リーズンズ』をオーディオに突っ込んだ。イライラしているという意思表示をしたいときには有効な手段だ。
「後で読む」
そして、爪をがりがりと噛んだ。行き詰った時にはいつもそうしている。だから今回のような事件があると、右手の親指の爪はいつも極端な深爪になっている。その姿は、ストレスと険悪な雰囲気を背負ったカルシウム不足の兎を思わせる。目が血走って赤いところなんか、とくに。
「ねえ、どこに向ってんの?」
彼女は親指の爪の限界に挑戦するのをやめた。
「お前の家だ」
「は?何で?」
言い方やシチュエーションを色々考えて見たものの、結局は一番シンプルな
「今夜から俺の家に泊まってもらう。だから着替えを取ってきたほうが良い」
に落ち着いた。何を言ったところで帰ってくるのは
「笑わせんじゃないわよ…あたしは警官なのよ?こんな脅しにびくびくしてちゃ、警官なんか務まんないの!」
だと判りきっていたことだし。案の定彼女は申し出を断った。りりしい眉と、黒いセルフレームの眼鏡が、彼女の内面の厳しさを浮き彫りにしている。