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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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The kiss and the light-4

前者であるような気がした。開いた窓から差し込む月明かりも、きっと彼女が住んでいた時ほどには美しくないだろう。愛でる者の無い美は、ただ虚しいだけだ。

振り返ると、めぐりは俺に背を向けて、寝室の隅に座っていた。かつてそこに置いてあったベッド。その脚が残した小さなくぼみを、彼はじっと、見つめていた。

がっしりとしたブーツの足音が必要以上に響き、夜の黙(しじま)を振るわせるのが聞こえた。それから間もなく、ドアノブが回って知った顔が現れた。

「珍しいね、あんたから呼び出すなんて」

そして、空っぽの部屋を見回して、ぽつりと言った。

「この部屋に、気になることがあった?」

「ああ」

言葉の余韻がじりじりと燃え尽き、静寂が二人の間に生まれた。中谷はきびきびした動作でドアを開け、

「出ない?どっちにしろここで話をするつもりじゃなかったんでしょ?」

そう言うと、返事をする前にドアノブから手を離した。俺がドアをあける頃には、彼女の足音が金属の階段から砂利の地面を歩く時のそれに変わっていた。



中谷沙希が、どこでもいい、とにかく人のいる場所を横切る時、必ず、何故か何人かは彼女の姿を眼で追う。おそらく女は、幽かな羨望と純粋な好奇心から、そして男はやはり好奇心から、彼女の小柄な身体を眺め、栗色に染めた髪をねじ上げたせいで露になったうなじを盗み見て、良く動く長い足と、化粧っけの無い若々しい顔も運がよければ数秒間拝める。そして、運が悪いと、彼女と目が合う。そして輝かんばかりの笑顔を向けられ、

「何見てんの?」

という言葉で夢の世界から引きずり出されてしまう。相手が男なら“殴られたいの?”も付属する。中谷沙希はそういう女で、来日以来の知人だ。二人の関係は友人とは違うだろうということで二人の意見は一致している。指名手配犯の“配達人”である飃は、俺が日本に来た時にはちょっとした有名人だった。半分は都市伝説として、もう半分は伝説として皆に知られていた。俺の生活を支えているのは、その飃の手に負えないもっと“オカルト”な分野の仕事だ。ということはもちろん、人間の手にも負えない。“オカルト”というといかにもインチキやペテンの匂いがするが、中には本物だってちゃんと存在する。それは狼男が存在するのと同じくらい確かなことだ。毒をもって毒を制するという理論で、警察はそういう案件を俺に回す。そのパートナーとなるのが、中谷沙希だ。彼女は純粋な仕事相手である。

「笑わせないでよね」

というのが、俺の素性を説明した時の彼女の答えだ。中谷は、高校生の時にオカルト部に所属したり、中学生の時にオーパーツに心ときめかせたり、小学生の時にファンタジーに憧れたりするタイプの対極に位置していた。“人知を超える何か”などというものは存在しないというのが彼女のセオリーなのだ。彼女にとって狼男の存在を信じるような男は、処女懐胎を本気で信じる原理主義者と同じようなカテゴリに分類される。

数年前、ミステリーサークルの謎が解明された時には勝ち誇ったように、行きつけの店で、普段は目もくれないような名前の、上等な酒を飲みまくった。何ヶ月も前に酔った勢いで交わした賭けだったとは言え、後日その夜のカードの引き落とし額を見て思わず頭を抱えざるを得なかった。あのミステリーサークルを作った二人の老人が、実は宇宙人に操られていたのだという反論も後から思いついたが、口にする前から惨めな気分になったので言わなかった。

そんなわけで、知り合って2年以上経つ今でも、彼女は俺のことを“自分のことを狼男と神の混血だと思っている頭のいかれたオカルト専門家”だと思っている。個性を尊重する日本の教育制度の賜物なのか、今まではそれで支障は無かった。魔法使いの屋敷の中に入って行くのは俺。逃げようと出てきた魔法使いに手錠をかけるのが彼女の仕事だ。あとは、魔法使いが本物だろうがペテン師だろうが、刑務所に送り込む方法に大した違いはない。だから、人知を超えた何かの存在を理解する必要など無かった。今までは。


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