想いの輝く場所(前編)-3
冷静に、深呼吸して。
お水とメニューを持っていこうとすると、
「いつも健介達がお世話になっております。健介の兄です」
ちゃっかりマスターが奏子達のテーブルにお水とメニューを出しながら自己紹介をしている。
出遅れた…。
戻って来たマスターは頬をほんのり染めて、
「いや〜きれいな先生だなぁ」
なんて呟いている。
ホクホクしているマスターを放っておいてオーダーを聞きに行くと、
「その格好、なんだか雨宮君じゃないみたい」
奏子が小さく笑う。
「そうですか?」
ここは怪しまれない為に一応敬語で返す。
奏子の友人は、高校生に見えないね、大人っぽいね、と奏子に話し掛けている。奏子は奏子でなんとも言えない微妙な表情を浮かべて相槌を打っていた。
カウンターの中から、友達と談笑する奏子をちらっと盗み見る。
休みの日に偶然会うってすごく嬉しい。
さっきまでのモヤモヤした気持ちが嘘のようだった。
「なんか悠嬉しそうだな」
マスターの鋭い一言にギクッとする。
「そんなことないって…」
「いや、嬉しそうだ」
変なところ鋭いんだよな、この人。
「あんなキレイな先生いたら学校たのしいだろうなぁ」
さっきクラスメート達から注文されたドリンクを手際良く作りながらマスターが言う。
…奏子絡みってのを確実に見抜かれている。
「でも保健室の先生だからいつも会うわけじゃないよ」
「オレだったら毎日怪我するね。いや、毎日風邪をひくかな」
マスターはなぜか得意気だ。
まったくこの人は…。
ってかやるな、この人なら。
「バイトはどう?」
あの日から数日後、学校の帰り際に奏子の家に寄った。
「もう慣れた?」
「うん、今までも夏休みとか飲食店のバイトとかしてたし」
「そーなんだ。はい、コーヒー」
「ありがと」
奏子から手渡されたマグカップからコーヒーのいい香りが立ちのぼっていた。
前は奏子の家にコーヒーなんてなかったのに。
コーヒーは苦手、紅茶が好きと言って紅茶の種類だけはたくさんあったけど。
オレがコーヒー好きって言ったから、買っておいてくれたのかな…。
なんか嬉しさが込み上げる。
「明日で学校おしまいね」
「ん?ああ、次行くのは卒業式のリハか…」
「で、次の日は卒業式だものね…」
隣で少し黙り込む奏子を見る。
寂しいと、思ってくれるだろうか。
学校さえあれば、毎日会えたのに。これからはそれすらままならなくなる。