「続・嘆息の時」-1
この日、柳原啓一は鬼と化していた。
「ほらっ、坂口! オーダーよりバッシングを優先しろ! おい伊藤、サラダを先に上げろ! 沢木、坂口と友田の指示がおろそかになってるぞ」
「は、はい! すみません!」
デシャップ前に陣取っている沢木が、柳原に叱咤されながら慌ててオペレーションを組み立てなおす。ピーク時の険しい顔はいつものことだが、今日の柳原は一入だった。
どこか憤然とした面持ちで、厳しい口調には微かだが高圧的なものも感じられる。
「沢木! ニューゲスト!」
「は、はい!」
威圧感ある存在に近くから見入られ、沢木の緊張はマックスにまで高まっていた。
ランチタイムのピークが過ぎようとする頃、沢木は二人ずつ交代で休憩まわしを行っていった。
ホールメンバー全員の休憩まわしが終わり、一息つこうと休憩室へ向かう途中、沢木は不意に柳原から呼ばれた。
「沢木、今日のランチタイムのオペレーションだが……どう思う?」
「す、すみませんでした。優先順位の組み立てが、まったく出来ていませんでした」
「それだけか?」
柳原が、冷めた眼を向ける。
「いえ……その……」
柳原の眼が怖く、沢木は顔を俯いたまま口どもった。
「ニューゲスト、オーダー、アナザー……俺の口は何度それをお前に伝えた?」
「す、すみません……気付きが悪すぎました」
「各従業員のレベルには差があるよな? オープン前に入念なポジションチェックするのは何の為だ?」
「レベルの差によるデメリットをなくすためです……」
「今日のオペレーションでお客様に迷惑を掛けた事はもちろん、それ以外に自信を落としてしまった従業員が二名いる。沢木、それは何が原因だと思う?」
柳原は、探るような視線で沢木を見た。
「は、はい、それは……俺の指示が追いつかなかった為に、彼女達に不安と焦りを与えてしまったからです」
「ふむ……そうだな。もっと具体的に言うと、放置された時間が多々あった為、彼女達は何度もお客様から催促を受けてしまった。それが自信低下の原因だ。もしデシャップからの指示が間髪いれずに行われていれば、彼女たちも動きを止めることはなかっただろう。お客様からの催促にも自信持って応対できたはずだ」
「はい……その通りだと思います」
「ただ、今日のような失敗は彼女達にとってもいい経験になったと思う。でもな、それはお前のフォローが時間空けずに行われていたら、の話だ」
「あっ……」
沢木が、しまった、というような眼を柳原に向けた。
「お前は、何のフォローもしないまま休憩まわしを終えた。そして、次は自分の休憩を優先した。つまり、今日のミスをちゃんと把握しているにもかかわらず、大事な部分はおざなりになってたってわけだ」
「す、すみま……せん……」
痛いところにズバッと言い放ってくる柳原に、沢木は沁み込んでいくような陰鬱な表情を浮かべた。