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嘆息の時
【その他 官能小説】

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嘆息の時-13

「んっ? リストカット?」
くたびれた表情で必死に笑顔を作って聞き返す。
「うちのパパもね、リストカットされたんだって」
口をニカッとして笑顔で言う女の子。
「ああ、リストラの事かな? お穣ちゃん、それはリストカットじゃなくてリストラって言うんだよ」
「リストラ〜?」
「そう、リストラ」
「ふーん、そうなんだぁ、ありがと、おじちゃん」
「いいえ、どういたしまして。ところで、ママは?」
「あそこ〜」
女の子が指差す方向を見てみると、蛇口でせっせと何かを洗っている女性がいた。
スラッとした身長に、肩まで伸びた流麗な黒髪。まだずいぶんと若いようにも見える。
その女性がこちらに気付き、あわてて走ってきた。
おそらく、我が子が変なおじさんに声を掛けられているとでも勘違いしているんだろう。
「こらっ、ダメじゃない、有理。すみません」
「……あっ、いえ、お穣ちゃんに励ましの言葉をかけてもらって、こっちこそ嬉しかったです。ははっ」
一瞬、母親の美しさに思わず固まってしまった柳原。あわてて言葉を返して会釈した。
「パパね〜、リストカットされたからママに捨てられちゃったの〜」
「へっ?」
「な、なに言ってるの、この子は! す、すみません、変なこと言っちゃって。夫とはすでに離婚してるんですけど、この子にはまだ理解できていなくて」
「あっ、そうなんですか。でも、女手一人で子供を育てるって、大変じゃないですか?」
「まあ、大変なんですけどね……しょうがないです」
柳原は、女の子に笑顔を向けながら自分の名刺を差し出した。
「私、駅前のシェフズキッチンというレストランで店長をしております。よかったら今度ご飯でも食べにきてください。その名刺は割引券となってて、それをお持ちいただくと1000円引きになるんですよ。しかも、店がある限り永遠に何度でも利用できますから」
柳原のくたびれた顔は、いつしか朗らかになっていた。
丁寧に頭を下げる母親に、柳原のほうも頭を下げながら踵を返した。
「おじちゃーん、パフェある〜!」
後方から元気な声をあげてくる女の子。
「あるよ〜! いっぱいあるから、絶対に来てね〜!」
柳原は手を振って叫んだ。

歩道に出て、再び太陽を見やる。
「なんだかなぁ〜、俺ってまだまだ小さいな。さあ、明日からまた頑張るぞ! っと、その前に店に電話しとかなきゃ」
柳原は、背広から携帯を取り出して店に電話をかけた。そして、『今日から俺の名刺を提示されたお客様は毎回1000割引だから、みんなにもそう伝達しておいて』と告げて切った。
傷を完全に癒すには、もう少し時間がかかりそうだ。
だが、しっかりとした足取りで歩道を歩く柳原の顔には、もう暗雲など立ち込めていなかった。


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