バッドブースター-3
佑助は、自宅で今日尚子に言われたことを頭のなかで反芻していた。
『藍はあんたのことが好き』
この一言がこびりついて離れない。
佑助が一人で暮らすには大きすぎる家の中で悶々としていると、不意にインターホンが鳴った。
「はい」
とりあえず玄関でどあ越しに応対する。
「渡辺です」
「!?」
聞こえてきた声は、今自分が考えていた少女の声そのものであった。
ドアを開ける佑助。正面には渡辺藍が立っていた。
「渡辺さん……」
「…あがって、いい?」
「ど、どうぞ」
ひとまず藍をリビングに通す佑助。
「……」
「……」
二人はお互いに向かい合ったまま黙っている。
(何なんだこの状況は……)
ついさっきまで目の前の少女のことばかり考えていたのだ。しかも二人きり。今日のこともあって、どうしたらいいかさっぱり分からない。この異様な静けさのなか、佑助の耳に響くのは、時計の秒針と、相手に聞こえるのではないかと不安になるほどに高鳴っている心臓の音である。
「…佐々木君」
「はい」
先に沈黙を破ったのは藍だった。緊張のせいか佑助は他人行儀になってしまう。
「私…尚子から今日のこと聞いたんだ」
「うん…」
「知っちゃったんだよね…私の気持ち」
「うん…」
「だから…だから聞きに来たんだ」
藍は一旦顔を伏せ、暫くしてから決意したように顔をあげた。
「わ、私は、佐々木君のことが好きです。もしよかったら、か、彼女にして…くだ…さい」
語尾を徐々に弱くしながらも藍は自分の声を最後まで佑助に伝えきった。
「うん…」
「え」
「あ、いや、えっと」
しまりのない回答をした間抜けな自分を、佑助は宇宙の彼方までぶっとばしたくなった。
何が『うん』だ何が折角向こうが勇気出していってくれたのに中途半端に返してんじゃねーよこのチキン野郎だいたい自分の気持ちだってもう固まってんだからこういうときくらいビシッと言え!
…‥ひととおり葛藤してから、
「俺も…‥渡辺さんのことが好きです。俺の彼女になってくれますか?」
いった。
「ふぇぇん、よかったぁぁ」
半泣きになりながら藍は足を踏み出し、想い人にもたれかかる。佑助は藍を支えるために、自然と彼女を抱き締める形となった。柔らかい感触と匂いが佑助を包み込む。
「佐々…‥えっと、佑助君…‥」
愛しい少年を名前で呼べる嬉しさを噛み締める藍。佑助の腕の中から顔を上げ、涙のたまった瞳を閉じ、静かに唇をつきだした。
「藍…‥」
佑助もまた、愛しい少女の名を呼び、その唇に自らのをゆっくりと重ね合わせた。
(わ、私キスしちゃってる…‥)
あれだけ慕っていた少年との唇の触れ合いは文字通り藍を夢見心地にさせる。
しかし、その佑助の唇が今度は藍を現実に引き戻す。佑助がすぐに離してしまったのだ。
「え…‥もう、止めちゃうの?」
この程度で満足するようであったら、わざわざ佑助の家をたずねたりはしない。
「え?ちょっ…と、藍…‥んむっ」
今度は、藍の方が、佑助の後頭部に手を回して引き寄せ、自分からキスをした。それだけでなく、佑助の唇を割り開いて、彼の口の中に舌を侵入させる。
「んんっ!?」
驚いて頭をはなそうとする佑助だが、藍の両腕がそれを許さない。
しばらくそうしているうちに佑助の感覚のなかに甘いものが生まれてきて、自らもまた舌を出し、藍の舌を絡めとった。
ぬちゅ…くちゅ…
二人しかいないリビングに舌と唾液がかもし出す淫猥なメロディが響きわたる。
どちらからともなく唇を離すと、二人の長い繋がりを象徴するかのように、口と口をつなぐ唾液の銀糸が妖しく輝いた。
「ねぇ…もっと好きにしていいんだよ?」
じっと見つめてくる藍。佑助の理性はもはや風前の灯であった。
「けど…ここじゃ…」
「…‥あっ」
フローリングの床に寝かせるわけにもいかない。
二人は場所を移すことにした。