嘆息の時-4
「もう掛けられましたよ、二人の男性に」
「えっ!?」
腐れ軟派者はどこのどいつだ、と言わんばかりの形相で、キョロキョロとまわりの人間を睨み倒す柳原。
「ちょ、ちょっと、店長、少し落ち着いてくださいよ。愛璃ちゃんはちゃんとここにいるんですから」
野蛮な表情になった柳原を、沢木があわててなだめる。
「ヤクザの彼氏と待ち合わせ中でーす、と言ったら二人とも簡単に去って行きましたよ」
あっけらかんと言う愛璃に、柳原と沢木は顔を見合わせて苦笑いした。
この日の柳原は、まさに絶好調だった。
あまり飲めない酒も、陽気な会話をつまみにグイグイと喉を流れていく。
生ビールをジョッキで2杯飲んだところで、柳原は酔っ払いに変身した。
「て、店長、フトンがフットンダなんて、いまどき誰も使わないですよ」
「うるせえ! このウンコヤロー! いまやお笑いのネタも複雑化してきている。そんな中、俺はいつまでも庶民的なジョークを大事にしようと心がけてる……分かるか? お前の言ってることは、まさにクツジョーク的なものだぞ」
「愛璃ちゃん、これとっても美味しいよ。食べてごらん」
完全無視の沢木に、柳原が片眉をピクピクと動かしながら、さらにジョークを連発していく。
「この間さ、家の近所の定食屋で飯食ってたらさ、突然知らないオッサンが聞いてくるわけよ。味噌汁の具はなんだって。俺はちゃんと教えてやったんだぜ、『ふっ』てな。そうしたらオッサンが『なに格好つけてんだ!』って、えらい剣幕で怒り出しちゃってさ、俺はあわてて味噌汁の具を箸でつまんで見せたんだよ。『麩』をね。んぷぷっ」
こんな他愛もないジョークだが、愛璃にはひどく受けた。
初めて見せる愛璃の大笑い。ボリュームのある胸を弾ませながら、愛璃は口を開けて身体全体で笑った。
その後も、柳原の飛ばすジョークは愛璃のツボに愉快なほど入りまくった。
「でさ、この沢次郎のやつ」
「沢次郎じゃありません、沢木です」
「えっと、あっ、この沢木風呂のやつが」
「風呂はいりません。沢木だけでいいです」
「うっさいな、お前〜! とにかく、こいつったら、4年も付き合ってきた彼女と別れるって言うんだよ」
「ちょ、ちょっと、店長! 愛璃ちゃんの前でその話は……んぐっ」
柳原が、へらへら笑いながら箸で突き刺した里芋を沢木の口に押し込む。
「ほ、ほんとですか!? さ、沢木さん……色々と大変なんですね」
「んっ……んぐっ。ま、まあね」
口に押し込まれた里芋を飲み込んでから、沢木は引き攣ったような笑顔を愛璃に向けた。
「よし! カラオケ行くぞ!」
ご機嫌な柳原が、スッと起き上がってから天井を指差して叫ぶ。
「ええっ!? だ、大丈夫ですか、店長?」
「大丈夫だ! 俺は死なん! ジェロを、ジェロを歌いたいんだよ〜!」
泣きそうな顔で土下座してくる店長に、沢木と愛璃は互いに顔を見合わせて腹の底から笑った。
二次会となったカラオケ屋。
柳原は、ここでも陽気に暴れまわった。しかし、カラオケがお開きになると、完全燃焼したかのようにめっきりと口数が減った。
自分ではまともに歩くこともできず、沢木に肩を貸してもらいながら千鳥足で夜のネオン街を歩く。