「中空の庭園」-1
そこに、その人は、いた。
「どこから来たの?アリス」
白い白いウサギを抱いてこちらを見る優しげな眼差し。
「アリス?」
舞は首を傾げた。
「あの…、私は舞です。1年の別所 舞で…す…」
学校の周囲を覆う濃い緑の中に不意に現れた空間。
まるで、そこだけが木々の侵入を拒むようにぽっかりと光を覗かせていた。
「アリスは、この子を追いかけて来たんじゃないの?」
舞の話を聴いてないかのように質問を重ねるその人に、舞は戸惑いを隠せないでいた。
まるで「不条理な世界(ワンダーランド)」に迷い込んだアリスのように。
「先輩は…どうしてここに?」
その人の締めるえんじのネクタイを目印に恐らく3年生だろうと見当を付けて質問をする。
「君を待っていたから」
にっこりと舞を見つめて放つその言葉に逆らう術は、ない。
「おいで。可愛いアリス」
導かれるままにその人の元へと舞はフラフラと近寄っていく。
「あっ…!」
手を伸ばして舞が触れようとした途端に白いウサギは彼の腕からピョンと飛び出し、傍らの茂みに消えた。
代わりに、その腕に捕らえられたのは舞自身。
「えっ…。あのっ…。放して…くださいっ」
見上げたそこには猫の笑み。
神出鬼没、自由自在、この世の全てを意のままに操る猫の笑み。
「君が新しく来た“花姫”だね」
驚いて舞は目を開く。
「何…で、そのことを…」
そう。舞が“花姫”であることを知るのは学校の上層部と担任の藤岡だけであるはずだった。
なのに、何故…。
「それはね…」
内緒話をするかのように舞の耳元に顔が近付いてくる。
ーピチャッ、チュバッ。
「あっ…はぁんっ…」
そのまま耳朶に舌を這わされ舞の口から甘い声が飛び落ちる。
「…機密事項ってやつだよ」
視界の端にハラリとリボンが落ちるのが見えた。
胸の奥でシュワシュワと細かい泡が弾ける音がする。
いつも“仕事中”に感じている、悪い気持ちなんかじゃなくて、もっと甘く酸っぱく心とろかすような予感がする。