にげみず-3
「何かあったのか?……なぁ、アイツがどうにかなってたりしたら、許さねぇよ?」
春風が雨水の事を良い奴だって言ってたのを思い出す。
「生きてると、思います。多分」
「そういう事じゃなくて」
雨水の声に怒りが感じられた。
「違うって。……何があったんだよ」
焦りも。
「……話をしてって、お願いして……」
「話?」
言葉が上手く出てくれなくて詰まる。
「さやかさんの……、話」
雨水が苛立ったように煙草に火をつける音がした。
それから舌打ちも。
「話、聞いたら、驚いて…、それで逃げてきちゃったんです」
「逃げ……た?」
電話の向こうの雨水の声が震えている。
雨水の言葉に答えようとして、口を開けても空気しか出なかった。
「それ、本当か?今、じゃあ、あいつは一人で?そんな風に、一人に?」
雨水の声に焦りが滲む。
責め立てるような声音に思わず電話を握り締めた。
「……だって、だって。居られません。あんな話聞いて、びっくりして」
なんて子供めいた言い訳なんだろう。
必死に言い訳を繰り返す自分の口とは別に、お腹の辺りがぞわぞわした。
「……お前、暁はなぁっ!」
ガン、と、電話の向こうで何かがぶつかり合う音が響いた。
雨水の声とそれが重なって耳から届くその音に体がびくりとなった。
その時になって自分の犯した事に、私は気づいた。
「暁はなっ、暁は」
雨水の声が、息が、荒くなる。
私の体は小刻みに震えて、目頭が熱くなった。
「……声が、出なくなるほどっ」
目から涙が零れた。最初は右目から、続いて左目。どんどん溢れてくるその涙を止める事なんて出来なかった。拭う事も。
「出なくなるほど、傷ついてたんだ!」
雨水が電話越しに怒鳴る。電気信号で運ばれたそれは音割れをしていたけれど、私の耳に鮮明に残って脳に鮮烈に残った。
ガラスの大きな物が割れたように心に雨水の言葉が響いた。
電話は一方的に雨水に切られてプー……プー……と電子音を発していた。
昨日と同じように一人の部屋で私は両手を顔に当てて泣いた。
声を上げても、どんなに呼んでも、どんなにメールをしても春風は来ない気がした。
春風に甘えちゃいけない気がした。
彼を突き放してしまってはいけなかった。
あんなに話をする時に私を抱きしめて、震えて、苦しそうで、泣いていて、何かにすがるように私の頭を撫で続けていたのに。
嫌いになってなんて、ないよ。
そう一言言わなくてはいけなかったのに。
私は春風に甘えすぎて、彼を裏切ったのかもしれない。