にげみず-10
「春風、春風……」
混乱、していた。
雨水の罠に私はしっかりはまっていた。
暁を好きになっていた。
雨水は最後の時間を与えたと言わんばかりに足早に去っていった。
暁の胸の中で私はわんわん声をあげて泣いた。
ずっと暁は背中をさすっていてくれて、たまにその甘い声で私の名前を呼んでくれた。
でも、それはもういつもの通りじゃなかった。
だから余計に悲しくて涙が止まらなかった。
雨水の言うことがよく分かってしまった。
私だけの物になんか出来ないって。
「りつ、りつ、大丈夫だから。泣き止んで」
暁が背中をぽんぽんと叩く。
そうやってずっとしてくれたから、やっと午後になって私は泣き止む事が出来た。
私の中に同じ顔をした春風と暁が居る。
二人は同じ人なのに、違うのだ。
「……ねぇ、暁は……東京に帰って」
涙でべしょべしょの顔をやっとあげてそう私は言った。
暁は春風の顔に戻って酷く驚いた顔と落胆した顔を浮かべていた。