願い-3
「おめでとう成功だ」
戸惑っていると白衣の男は鏡を私の前にやる、私の姿はなかった。否正確にいえばあるにはあった。
鏡には三十センチ程の人形が映っていた。ウェーブの掛かった金色の長い髪、白い顔には蒼い瞳にピンクの唇。私には縁の無かった豪勢なフリルの付いたドレスが体を覆っていた。
『嘘……』
「どうだね？人形の体は。声が出ないのと体が動かないのは不便だろうが聴覚・視覚・触覚は残してあるだけまだいいだろう。もう君は死んだことになっている、構わないだろう？これからは実験道具として活躍する日々だ」
白衣の男は相変わらず気持ち悪い笑顔でそう言った。
『声も出ないのにどうして成功だと分かるのよ？』
声が出ないことは理解したが思わず声をあげる。室内に私の声が響くことはなかった。
「大方何故分かるのか？と言いたいところだろう？瞳に変化が生じるように調整しているからな、些細な変化だから何も知らない者から見たら分からないが私が見れば分かる」
「さて君の新しい人生の始まりだ、あぁそうだ君の肉体は他の実験に使われたから安心したまえ」
何が安心なのかと言いたかったが、伝わらないだろうから止めた。
白衣の男は私の瞳から些細な変化を読み取り、体調に変化はないか精神に異常をきたすことはないか、それを記録されていく毎日。
作り物の人形の体になっても別に違和感はなかった、基より人間の殻を被った人形のような存在だった私。寧ろお腹も減ることない睡眠も取る必要はない、何も感じることなく何時の間にか空気に溶けてしまえばいい、そんな事を思っていた。
けれども転機はあっさりと訪れた。
「何だ！！お前らは！」
「五月蝿い！狂人共が。お前らの狂った研究はもう終わりだ」
ある日研究施設に大量の警官が押し入った。
先頭にいたのは私に死刑宣告をした男。どうやら私を絞首刑に出来なかったのがよっぽど男の癪に障ったようだ。先頭の男の声が響く、男は指令を叫ぶように出しながら辺りを見回した。白衣の男は突然の「来客」に驚きを隠せず同時に私を隠すことも出来なかった。
「今までよく騙してくれたな、お前らの研究は表向きは通常の研究所として許可を貰っておきながら、実際は裏では人に言えないようなことをやっているらしいな」
先頭の男の低音が施設内に響く、白衣の男はビクリと肩を揺らした。
「し、知るか！！」
「はいはいもう調べはついている諦めろ。これは？なんだ人形か」
「か、かかか返せ！！」
「ふん、調べでは独身と書いてあるからな娘へのプレゼントという訳でもなさそうだな。お前の趣味か？見た目と違ってファンシーな奴だな」
「うるさい！それは趣味ではない！！私の研究の偉大なる成果だ！！」
「なら回収だな」
ああああ、と情けのない声を上げながら白衣の男は地に伏せった。
その人形には人の命が入ってるなどと説明すれば余計に自分の立場が悪くなることは理解しているらしく白衣の男は恨みがましい瞳で私を見つめるだけだった。
研究所の人間は最終的には全員捕まり、研究資料はすべて押収され保管された。唯一つとある人形以外は。