笹沢瀬里奈の悩み 〜Love trouble〜-7
「サンキュ。助かったわ」
開口一番、瀬里奈は言った。
「たまたま外に出たらあいつと鉢合わせしちゃって、今まで付き纏われてたのよ。ほんと、助かったわ」
言って、瀬里奈は肩をすくめる。
「笹沢さん……」
瀬里奈を見ないようあらぬ方向へ目を向けながら、龍之介は言った。
「あの人、変な事を企んでると思うよ」
「でしょうね」
瀬里奈はあっさり肯定する。
「だから付き纏われても無視してたんだけど……」
沈んだ口調で、瀬里奈は呟いた。
「はぁ……男を見る目、養わなきゃね」
台詞は真面目だがおどけた口調に、美弥はくすりと笑う。
「でも……人込みの中にいた方が、変な手出しはされないものね」
その言葉に、瀬里奈は頷いた。
「そう思ったから、こんなとこまで出張って来たのよ」
秋葉と輝里は顔を見合わせる。
それを見て、美弥はくすりと笑った。
二人からすれば、どんな繋がりで自分達が仲良くしているのか、理由が分からないのだろう。
「ま、いいわ。お邪魔にならないように、あたし行くわね」
「止めといた方がいいんじゃないのか?」
不意に、秋葉が口を挟んだ。
「あの男と何があったかは知らないけどさ、今ここにいるから何もして来ないんだろ?」
それを聞いて、瀬里奈は眉をひそめる。
「それはそうだけど……あたし、ダブルデートの邪魔をする程野暮じゃないわよ?」
今度は秋葉が、ぶっと吹き出した。
「いや、龍之介と伊藤さんはともかく……俺達まだ、付き合ってないし。」
その言葉に美弥は内心ガッツポーズを取り、輝里は俯いてしまう。
「でも……」
ちらりと輝里を見た瀬里奈は、眉をしかめた。
今にも泣きそうな顔をしている輝里に、秋葉は気付いていない。
「やっぱりご遠慮申し上げるわ。あたし、もう行くわね」
ひらひら手を振ると、瀬里奈は踵を返す。
「あ、余計なお世話かも知れないけど……誤解しかねない言動は止めといた方がいいわよ」
秋葉にそう言うと、瀬里奈は歩き出した。
「あ、瀬里奈!」
美弥は慌てた声を出したが、輝里の手前足を止めてしまう。
「やっぱり一人きりはまずいよぉ……」
困った声を出す美弥だったが……輝里が動いた。
「お祭りはまだまだこれからだもの、送って戻って来ても大丈夫よ。笹沢さん、行きましょ」
「え!?いやあの」
腕を取られた瀬里奈は、焦る。
せっかく気を利かせてお邪魔虫が去ろうというのに、ご当人が付いて来るのでは話にならない。
「あんたこの男が好きなんでしょ?せっかくのチャンスを逃がしてどうするのよ?」
瀬里奈が小声で諭すと、輝里は真っ赤になった。
「……いいの」
「はっ?」
輝里が俯く。
「キャプテン、女の子として見てくれてないみたいだし……だから、いいの」
輝里と瀬里奈は言い合ったが、結局四人で瀬里奈を家まで送って行く事になった。
「四人も付いて来てくれるなんて、下手なお嬢様よりも豪勢ね」
呆れた口調で、瀬里奈がそう言った。
まあまあと、美弥が執り成す。
せっかく気を利かせて退散しようとしていたのに当事者達が一緒に来たのでは、瀬里奈がそう言いたくなるのも無理はなかった。
「女の子は何かあったら取り返しがつかないだろ」
秋葉がそう突っ込むと、龍之介がびくりと肩を震わせる。
男だって、取り返しがつかない。
「龍之介……」
美弥は、心配そうに龍之介を見上げた。
「ん……大丈夫」
龍之介は、気丈に微笑んで見せる。
「おい、龍之介……顔色悪いみたいだけど、大丈夫か?」
秋葉の言葉に、龍之介は頷いた。
秋葉は龍之介の事を中学時代から知ってはいても、その頃に何があったかは知らない。
おぞましい経験が元で生来の快活さに少し影が差したのも思春期故の事だと思っているから、無理はないかも知れない。
「大丈夫、ちょっと疲れただけ。『寝れば』治るよ」
そう言うと舐めるような視線を一瞬、美弥の方へ走らせる。
視線を感じ取り、美弥は頬を赤く染めた。
OKサインを読み取り、龍之介はほくそ笑む。
そんな二人を見て、瀬里奈は肩をすくめた。
「お熱い事……」
誰にも聞かれないように呟いた瀬里奈だが……不意に、足を止める。
前方の人影を見て、四人も足を止めた。
「山科……」
苦々しく、瀬里奈が呟く。
「よう」
民家の壁にもたれ掛かった山科は、唇を歪めた。
「よくもまあ人の事をコケにしてくれたなぁ?」
その言葉に対し、瀬里奈は鼻を鳴らす。
「ハッ!ふざけんじゃないわよ!」
瀬里奈の態度が気に食わなかったのか、山科は顔色を変えた。
「付き合う前から体を要求したりして!」
「ダチの分までホテル代奢らせといてお預け食わす方がどうかしてるだろ!」
瀬里奈は再び鼻を鳴らす。