エス-7
「ありがとう。加藤さん、そういう所優しいよね」
まるでずっと前からの友人のようにエスが言う。
「まぁな」
加藤は苦笑いを浮かべた。
二人は人の多い通りを避けて渋谷の町を歩いた。
「あ、エス!! 」
それでも居るところには居るもので、むしろ渋谷を精通している者は裏道に多い。
至る所でエスは声を掛けられて立ち止まった。
「あ、ゆーこさん。こんにちは」
こんな風に挨拶をする事もあれば手を振り返す事もあった。
最初にエスを連れて歩いた時、加藤が
「人気者なんだな」
と皮肉を言うとエスは笑って答えた。
「だから取材に来たんでしょう? 」
と。
そんな調子で目的のレストランに着くのは30分程かかった。
何もなければ5分で来られただろう道程。
加藤のジャケットは雨でしっとりと湿っていた。
そのレストランは高級な雰囲気を醸し出している。
半地下のような入り口。
階段を下りていくとステンドグラスのドアがありその側にはどこかの国の物らしい陶器の入れ物が置いてある。
先客の物か何本か傘が既にささっているそれに二人も傘を入れ、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
と、幾分渋谷に似つかない小奇麗でさっぱりとしたウェイターはエスの姿を見ると頭を深く下げた。
「少々お待ちください」
と彼は言い、しばらくすると店主と名札にかかれた男が出てきた。
渋谷の若者には縁のないその店の店主とエスは顔なじみらしい。
店主はエスを嬉しそうに迎えると一番奥の目立たない席に案内した。
「久しぶりだね、エス。相変わらず忙しいみたいで」
店主は氷水が入った結露したグラスを二つエスと加藤の前に置く。
「うん。そうなの。週末にも遠藤先生と会うし」
出された水を一口飲んでエスが答えた。
「あぁー…」
店主が納得したように頷き、脇に挟んでいたメニューを二人に渡す。
「アレが近いからね。エスに頼りたいんだろう」
苦笑いを浮かべるその顔にエスは困った顔をして頷いた。
「……たぶん。でもいつもお世話になっているから」
加藤はメニューを見ながら二人の会話を聞いていた。
そんな加藤に気づいたのかエスは店主と加藤を交互に見た。
「…こちら、加藤さん。雑誌の編集者で、取材に来てるの。…今の所」
紹介され加藤が頭を下げる。
「…こちら、木村さん。このレストランの支配人兼店長。昔見てあげた人の一人」
木村が頭を下げる。
木村の頭が上がるのを待って加藤が口を開いた。
「加藤です。よろしくお願いします。…いやプライベートではこんな高い店これませんけど」
それは皮肉でもなんでもなく、加藤流の褒め方だった。
木村もその言葉に面白そうに笑って言葉を返した。
「いや、エスと仲良くなればいつでも来れますよ。エスはこの店が大好きですから。しかも支払いは……」
と、言いかけて木村はエスを見た。
エスはメニューから顔を上げて小さく頷いた。