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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-5

「ごめんね」

意識を戻した事に気づいた少女は手を止め小さな声で言うと頭を下げた。
さらり、と、髪が揺れて甘い匂いが漂った。

「いや、平気だ。……何をしたんだ? 」

加藤はまだふらつく頭を左右に小さく振りながら起き上がった。

「……何も。見ただけ」
「見ただけ? 」

怪訝そうな顔をする加藤。
少女は小さく頷いた。

「見ただけ。あたしはそういう目を持っているから」

加藤には何の事か分からない。
尚も問い詰めようとすると少女が先に口を開く。

「『そういう目って、何だ?』でしょう。……そういう事なの」

加藤は瞬きを繰り返した。
ポケットからくちゃくちゃになった煙草の箱を出すと一本取り出し咥えた。
少女に断らず火をつけたのはそれだけ動揺しているからだろう。
視線を少女に向けたままゆっくりと煙草を吹かす。
流石に煙を吐く時は顔を背けたが、それ以外はずっと見ていた。
半分ほど吸って灰が床に落ちた時ようやく口を開いた。

「未来が見えるのか……? 」

声が掠れていた。
少女を見る目に恐怖という色があった。
それでも少女は知っていたという顔をして大きく頷いた。

「大丈夫、言わないから。加藤さんはそれを希望してない事、知ってる」
「気持ちまで読めるのか? 」
「ううん。あたしが言う場面は見えてないから。多分この先も見ないだろうなって」

加藤は口をパクパクさせながら終いに頭をがしがしと掻いた。

「『信じたわけじゃないけれど、俺は仕事だから』でしょ」

少女はくすくすと笑いながら言った。
そして頭を少し下げた。

「改めてまして、エスです」


これが加藤とエスの出会いだった。


目の前のテーブルにはコーヒーが湯気を立てている。
チェーン系列のコーヒースタンドで加藤が購入してきた物で、エスは自分の分を両手にしっかりと包んで持ちながら、たまに口を付けては啜っていた。

あの出会いから数週間。
加藤は足繁くエスの元に通っていた。
あの晩エスは落ちていた鍵を拾い加藤に渡した。

「持っていて。いつでも会いに来てくれていいから」

好都合だと加藤は喜んでそれを受け取った。


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