エス-42
その三日後だった。
加藤の携帯に病院から連絡が入ったのは。
「野宮さんの意識が戻られましたよ」
興奮した看護婦が大声で叫ぶ。
寝起きの加藤は意味不明に礼を言いながら慌てて病院へ向かった。
途中、律子が持っているエスの携帯に電話をし、留守電にメッセージを吹き込んだ。
病院の受付をもどかしく思いながらもさっさと済まし、病室へ向かう。
野宮詩織と書かれたプレートの入ったドアをノックする。
「はーい」
弱いけれど、あのいつものエスの声が聞こえて、ゆっくりとドアを開け加藤は中に入った。
立ち止まり、エスを見る。
上半身を起こし、まっすぐに前を向いたエス。
「どなたですか? ……律子? 」
ドアの閉まる音が加藤の背後で響く。
加藤の表情が怪訝に歪む。
エスがゆっくり音のした方へ顔を向けた。
「……あれ? 誰もいないの? 」
首を傾げる顔。
目が開いていない。
「エス……? 」
呼びかけた声は掠れていた。
エスの表情が明るくなる。
「加藤さん? 」
嬉しそうに笑うエスの顔。
目が開いてない以外は以前のままだった。
「エス?」
もう一度加藤は名前を呼んだ。
ベッドの上でエスは笑顔を見せて、答える。
「そうだよ」
よろよろと加藤がベッドに近づく。
まだエスは目を開けない。
「お前、目が……見えない、のか?」
加藤が途切れ途切れに尋ねる。
エスは笑顔のまま頷いた。
「ね、触って。どこにいるか、分からないよ」
エスが手を伸ばす。
白く、すこし痩せた手。
医師は何て言っていた?
いつ死ぬか分からない?
もうすぐ死ぬから目が見えなくなったのだろうか。
加藤がそっと手を触れる。
エスがその手を握り返し、引っ張った。
ベッドの側まで引っ張られ、エスが腰あたりに抱きついてくる。
「加藤さん」
頬を加藤の腹に摺り寄せ、本当に嬉しそうにその名を呼んだ。
加藤は空いた手でエスの包帯がついた頭をそっと優しく撫でた。
「ごめんね」
エスの声が震える。
鼻にかかったような声になって、続ける。
「よかった死ななくて。また加藤さんに会えてよかった」
抱きつく力が強くなった。
加藤ははっとする。
エスは未来をもう見ることが出来ないのではないかと。