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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-40

医師が待つ部屋へ向かう加藤の足取りは重い。
律子の一緒に行くという申し出を断って、お茶をすこしだけ飲んで、エスを律子に任せて出てきたのだが、部屋が近づくにつれてどんどんと胃が痛くなった。

エスの脳がおかしい。

遠藤に殴られた衝撃だろうか。それとも、未来が見える力のせいだろうか。

色々な事が思考を回る。

何度か立ち止まり目を閉じて頭を振った。
最初から悪い方に考えるのはよくないと分かっていた。

灰色の金属のドアにはスリガラスがついていて中の様子は窺えなかった。
ただ蛍光灯の明かりだけはぼんやりと見えた。

躊躇いがちにノックをすると内側からドアが開いて看護婦が一人加藤を迎え入れた。

そこは小さな会議室のようで、ホワイトボードと、レントゲンを見るための機械と、長机がいくつか置いてあった。

「加藤さん……ですね。野宮さんの婚約者の」

眼鏡をかけた若い印象を受ける医師が立ち上がり頭を下げた。看護婦が医師の前の椅子を勧め、加藤はそこに素直に腰を下ろした。

「……まず、野宮さんなんですが」

医師が座り、カルテを開きながら加藤に話しかける。
野宮という言葉にエスという存在を知らない彼らが前に居る事がおかしく、そしてすこし安心した。

「脳の中に血が溜まっています」

看護婦がレントゲンを機械に挿し、加藤に見せる。
専門的な事は分からないが、確かに、よくテレビで見る脳とは違っていた。

「こちらが、CTの映像です」

もう一枚の写真を看護婦が見せた。

「分かりにくいとは思うのですが」

と医師がボールペンを胸ポケットから取り出し、レントゲンとCTの映像を指した。

「ここと、ここ。血が溜まっているのがお分かりになりますか? 」

加藤の方を向き医師が尋ねた。
加藤が頷く。

「普通の人間では考えられないのです、この状態ですと、すぐに亡くなるはずなんです。ですが、野宮さんは生きておられる」

医師が手を戻し、加藤をまっすぐ見た。

「普通患者さんのプライバシーには関わらないようにしているんですが……。失礼な事を尋ねますが、もしや、野宮さんは……話題になっていたあの少女、ですか? 」

加藤の体が固まる。
目を開き、看護婦と医師を交互に見た。


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