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エス
【純愛 恋愛小説】

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エス-39

「はい、生きています。意識は戻りませんが。今日はそれも伝えにきました。……エスの側にいてあげてくれませんか?


病室のドアを乱暴に開けるとエスは静かに横になっていた。
たくさんの機械を付けられ点滴を受けている。

よろめきながらエスのベッドに近づいて倒れるようにエスの手を握る。

温かかった。

まだ生きているという安心感で力が抜けて座り込む。だらんと引っ張られベッドからはみ出るエスの腕。

遅れて律子が息を荒くしながら病室へ入ってきた。

律子の言葉の後、加藤は立ち上がり店を出た。
慌てて着いてくる律子の声も耳に入らない勢いで駆け出し、電車に飛び乗った。
病院の自動ドアが開くのももどかしく、エレベーターを待つのも出来ず、階段を駆け上がって、病室を目指した。

「生きてる……」

律子の方を振り返り、加藤が洩らす。
肩で息をしていた律子が何度も頷き、壁に寄りかかった。

「エスが生きてる……」

騒ぎを聞きつけた看護婦と医師が病室のドアを開けて入ってきた。

「どなたですかっ、ちゃんと受付を通して貰わないと困ります」

引っ張っている加藤の腕をひっぱり看護婦が叫ぶ。
医師はエスの様子を見て、律子を見てあぁ、と呟いた。

「すいません、後でよく言い聞かせますから」

律子が息も絶え絶えに頭を下げる。
看護婦にひっぱられても加藤はその場を離れなかった。


看護婦をなんとか宥め、医師と共に退室してもらってから、加藤はやっと椅子に座ってエスの手を改めて握った。

「エス」

小さな声で呼びかける。
頭には幾重にも白い包帯が巻かれ、顔の腫れもまだ完全には引いていなかった。

「エス」

愛しい人が呼びかけるそれにエスは答えない。
ふとベッドに掛かる名札に目が留まる。

「詩織って呼んだ方がいいのかな」

照れるように言う。
それでもやはり、次に呼ぶときは元に戻っていた。

律子がドアを開けて入ってくる。
小さな金属音を立ててサイドテーブルに置いたのは缶のお茶だった。

「加藤さんのこと、病院には婚約者と説明してあるんです。私が手続きをしたんですが。……それで、あの、加藤さんに会いに行ったのもこれだけじゃなくて、実は……医師の方からどうしても話したい事があるっていわれて」

プルトップを開けてお茶を一口飲んで律子が続ける。
加藤はじっと律子の顔を見上げていた。

「エスの脳に……異常があるらしいんです」

加藤の表情が怖くなっていたのだろう。
律子は震えていた。


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