エス-34
「お前なんてな、底辺にいるべき人間だろうが。見世物になるところを私が拾ってやったのに」
エスの顔をまた殴る音が部屋に響いた。
頬は腫れ、目も腫れ、口の端からは血が流れている。
「離せっ」
加藤は無理矢理秘書を引き離そうとした。そのまま横に倒れるようにしてテーブルに体当たりする。秘書は思わず力が緩み加藤共々床に倒れた。
加藤は下敷きにした秘書を蹴っ飛ばすと真っ先に遠藤とエスに走りよる。
そんな加藤を見て遠藤はエスをゴミを捨てるかのように放った。
「お前は人間のクズだ」
加藤が叫び、遠藤に掴みかかる。そのまま衝撃で加藤は遠藤を床に倒した。
遠藤の上に馬乗りになったまま加藤は全力で顔を殴った。
遠藤の整った髪が崩れ、眼鏡がゆがむ。
ネクタイが乱れ、スーツのボタンが弾けた。
秘書はよほど頭を強く打ったらしく起き上がれずにいた。エスは弱々しく起き上がろうとする。
殴られっぱなしの遠藤が加藤をどかそうともがき、棚から陶器の置き時計が落ちて割れずに裏蓋が取れて電池が外れた。
目の前に転がってきた電池を見てエスがはっと顔を上げる。
「危ないっ! 加藤さんっ!! 」
一瞬、全員が止まった。
意外そうな顔をしたのは遠藤で、加藤はエスを見てしまった。
自分から注意が外れた事で遠藤は瞬間笑みを浮かべた。
遠藤の腕が置き時計に伸びる。
エスが立ち上がり加藤めがけて手を伸ばし思いっきり押した。
遠藤が置き時計を握り締め思いっきり振り下ろす。
そこにいるはずの加藤は、遠藤の体の上から離れ、エスがいた。
エスの頭に置き時計が当たって砕けた。
遠藤の驚愕した顔。
加藤は目の前で何が起こっているのかわからずにいた。
目を見開いたまま遠藤の上に倒れるエス。
血がエスの後頭部の裂け目から流れ出てていた。
「わ、私が悪いわけじゃないっ」
遠藤は自分の上に乗っているエスから逃れるように立ち上がった。エスがごろんと床の上に投げ出される。床に血が水溜りのように流れた。
「動かすなっ」
加藤は遠藤を突き飛ばしエスの元に寄る。
「エス、エスっ」
着ていたシャツを脱ぎ、エスの頭を押さえる。膝枕をするように抱きかかえ声をかけた。
エスが薄らと目を開ける。
「……とう…さん…? 」
目の焦点が合っていない。加藤の顔に冷や汗が浮かぶ。