エス-30
『あの少女とは、十年前に、総理大臣になった高橋卓議員が通いつめ、スクープされたというあの話です。覚えてらっしゃる方も多いと思いますが……』
確かにそんな事があったと、加藤は思い出していた。
十年前、衝撃が走ったのだ。
今と同じように。
確か、その時高橋卓の右腕だったのが遠藤だった。
エスと遠藤の線がつながった。
画面は当時五、六歳だったエスが写っている。
当時の報道では親が金儲けのために少女を使っていると、報道された。
エスはそんな事を一言も言わなかった。
先ほどのエスの言葉が加藤の心の中にふつふつと沸いてきた。
「エスっ! 」
加藤は我に返ったように廊下を走り、閉まっているドアをノックした。
ノブを回し、開いていない部屋を探す。
三部屋あるうち、昨晩一緒に寝た寝室だけが閉まっていた。
乱暴にドアを叩く。
「エス、エスっ! 」
耳障りなほどノブを回す。
中からエスの嗚咽が聞こえてくるような気がして加藤は眉を顰めた。
「悪かった、エス。ごめん」
ドアを叩き続けながらそう繰り返し、自分もエスに未来を求めた事に気づく。
知りたくないと思いながら、エスを羨んだ自分を殴りたくなった。
どれくらいそうしていたのだろう。加藤の手は赤くなっていた。音が消えれば中のエスの嗚咽が響いた。
「エス、エス。出てきてくれ。お前のこと、もう何も言わないから」
加藤の目頭も熱くなる。
自分の親が金儲けのために自分を使っていたと知った時のエスの気持ちは想像を絶した。
目の前のドアの木目がぼやける。
自分の周りの人間がすべて未来をあてにしていると、嫌でもわかって、それを予知していたエス。
驕りかもしれないが、自分は希望だったのではないだろうか。
その希望が自分を裏切る。
それも分かっていたのだ。
加藤は涙が止まらなくなっていた。立っている事も出来ずドアに頭をつけたまま、座り込む。
嗚咽が止まらず、鼻水まで出た。
ドアがそっと開く。
涙でぐちゃぐちゃの顔をしたエスが座りこんだ加藤の頭を抱いた。
「ごめんなさい、加藤さん。……あたし、もう、どうしたら良いのか分からなくて。加藤さんがこうやって泣くのも、分かってたのに、どうしようも無くて。あたし、どうしたらいいんだろう」
それでもエスは自分より加藤の事を考えていた。
加藤はその言葉に、また涙を流した。