エス-24
「……いつから。俺はてっきり見られてるのかと」
力が抜けたようにカップをテーブルに置いた。
「覚えてない。未来とか過去を見るのもね、一つじゃないの。いくつあるかなんて分からないけど、見えたヴィジョンは色々なんだ。その人の視線や、透明人間のように空気のような視線。未来や過去に存在する自分が相手を見る視線。……だから、曖昧だったりはっきりしていたり。見れる長さも期間もまちまち。10年前が見れると思ったら、3日前までしか見れなかったり、10年後だったり。10分以上見続けられると思ったら10秒で終わったり」
両手でカップを持ってエスは加藤を見て寂しそうに笑った。
顔が分からないよね、と、語っている。
「ずっと話そうと思ってたんだけど、中々言うチャンスが無くって」
ずずっとコーヒーを飲む。
カップで顔が少し隠れて、まつげが意外に長いんだな、と、加藤はぼんやり思った。
「……そうか」
そう答えるのが精一杯だった。
もしかして自分は勘違いをしていたのかも、しれない。
エスを傷つけてはいなかっただろうか。
どうして俺はここにいるんだろう、と、加藤は思っていた。
夜になり、窓の外から見える景色は絶景だった。
ホテルのスイートのようだなと加藤が言うとエスは掃除の手を止め笑った。
埃が薄らと被った床を見ながら掃除を始めると言ったのはエスで、手伝うといった加藤に首を振った。
「加藤さんはお客さんなんだから、ゆっくりしてて」
エスは用具を出してきて床を磨く事から始めた。
そんな風に生活臭がにじむ姿を見るのは初めてで、加藤はしばらくその姿を眺めていた。
暇そうに見えたのかエスはテレビのリモコンをどこからか探してきて加藤に渡した。
リビングにある大きなテレビのスイッチを入れる。
ちょうど午後のドラマの再放送をやっていて、一度も見た事のない途中のドラマに見入ってしまった。
放送が終わり、夕方のニュースも見終わってからエスに目を向けると棚を拭いていた。
それから窓を見て、夜景に気づいたのだった。
ソファから立ち上がり大きく伸びをする。
テレビをこんなに長い間見たのはどれくらいぶりだろう。
呻くような声が漏れていたのか、エスが振り返る。
「どうしたの? 」
加藤は腕を下ろし、エスを見た。
「いいや。ゆっくりテレビを見て体がこった。飯はどうする? 」
手に雑巾を持ったままのエスはそれを足元にあったバケツに放り込む。
ぱしゃんとバケツから小さな水音が立った。
「食べにいけないもんね」
首を傾げため息をつく。
「お前が作ってくれるとか? 」
あまり期待は出来ないが、という言葉を飲み込んでエスに尋ねる。
するとエスは首をぶんぶん振った。