エス-23
「これも遠藤が? 」
エスは隣接されているキッチンへと足を運んだ。
エスの姿が見えなくなると加藤は周囲を何度も見渡しては、ため息をついた。
(すべてが自分の居る世界とは桁違いだ)
加藤は気を紛らわせるために煙草を咥え、火をつけようとして、灰皿を探した。
それらしいものは見つからず、咥えたまま辺りを見回した。
「うん」
明るい声でエスは言った。
最もその姿はまだキッチンにあり、声だけが響いた。
「そうか。…禁煙?」
ライターを持ったまま加藤はキッチンに向けて尋ねた。
エスは「あ!」と声を漏らし慌ててこれまた高価な皿を持ってきた。
「ごめんなさい、気づかなくて。灰皿ないからこれ、使って」
ソファとセットになっている背の低いテーブルに置かれた皿を見て加藤は手を止めた。
思わずそれを裏返し、裏にプリントされている文字を見た。
世界でも五本の指に入るほど有名なブランドのそれは確かどこかの国で王族が使っているものだった。
「こんなもの使えない」
エスの顔を見て加藤はつぶやいた。
エスは困った顔をしながら、首を振る。
「でも、他にないから」
加藤は首を伸ばしてキッチンを見た。
そこは普通よりも広く立派な空間だった。
そして、大きな食器棚が鎮座していた。
数分後。
エスの入れたコーヒーを飲みながら二人はテーブルを挟んでソファに座っていた。
結局加藤は差し出された皿を使うしかなく、模様を汚さないように白い部分で煙草の火を押し消した。
「この後の未来、見たのか?」
加藤が声をかける。
エスは頷いてカップを置いた。
「……見たよ。…あたしの未来だけど」
コーヒーからは湯気が昇っている。
カップから目を離して加藤はエスを見た。
「お前の? 」
わざわざ自分のと断りを入れたことに疑問を持った。
エスはひとつ頷いて、シュガーポットから角砂糖を一つ自分のカップに指でつまんで入れた。
「加藤さんの未来はね、もうずいぶん見てないの」
「え? 」
「最初に会った時に言ったでしょう? 加藤さんは望んでないって。一緒に居たら気が変わるかなって思ったりしたけど、やっぱり、最初に見たとおりだったから」
「だから、見るのやめたのか? 」
「うん。……だって知りたくない人のを見ても、それが、例えば辛い事だったら、一人で抱えるの嫌だもん。……知りたいって思ってる人以外は極力見ないようにしてるんだよ」
エスがカップをかき混ぜるスプーンの金属音が耳についた。